Dec 31, 2007

1231

いまこの日記を開いたら1231とあった。そう、今日はもう12月31日だから面白い符合で、なんだか嬉しかった。ミクシィは「あしあと」が気にならない、といえば嘘になる。他のブログもアクセス数が突然増えると、自分が何を書いたのか不思議に思う。
でもここではほとんど見ていなかった。忘れていた、と言っていいかもしれない。マイミクさんに来ていただいて「キリ番」という言葉で「ああ、そうだった」と思い出した。すみれこ日記を読んでくださる方がいるのは有難い。誰も来なかったらそれはそれで寂しいし・・・。
自分が開いてもカウントされるからそれほどたくさんの方々にオープンになっているとは思わないしだからこそ、どこかで安心しながらブログを書いているのかもしれない。
ずいぶんそのまま、「ひとり言」に近く、でも「詩にちかい場所」にいるという嬉しさでこの町を気に入っている。引っ越してきて良かった。 今年も終わるけれど、「良かった」というこのひとことがさいごに書けてラッキーだなと、いま思った。
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Dec 29, 2007

終わった・・・。

どうにか今年も仕事が終わった。。。 「辞めたい」と思っていた事務兼受付の仕事も辞めなかった。 「辞めることないよ」と仕事で知り合った多くのひとに言われたし、 一年かけてやっと仕事も覚えた(たぶんひとの三倍くらいかかるのだ)。 「来年また会おうね~」と知り合ったひとたちと挨拶し、「いろいろ大変だったね、でも大丈夫だよ」と言ってくれる年上の女性もいた。
長年続けている古本屋の手伝いも、今年は今日で終わり。本屋のあるマンションの管理人さん、近くの駐車場の守衛さん、たまにしか顔を見せなくなっても会えばにこやかに世間話をする。

古本屋はお客さんが少なくなって経営は大変そうだけど、わたしには居心地の良い場所。いろんなお客さんがくる。多少コワい人も、アブナイかな?と思う人も来るが。。。成人雑誌のコーナーで長い時間かけて選択してる人もいる(表紙だけで、)。そうしてやっと選んでレジに持ってきた本のタイトルがすごくヘンで「○×◇☆!!」みたいな(とてもここには書けないような)ものでニヤリとしそうになる。けど、笑ったりしたら殺されそうでゼッタイに表情を変えないようにして、なるべく手早く会計処理をしようといつも思う。紙袋に猥褻本が隠されるとレジのおばさん(わたし)はホッとするが買うほうも気持ちは同じかもしれない。
来年はまた3日から仕事に行く。ゆっくり休みたいけど、掃除してない家の中がどうにも落ち着かない。

写真は前の日記に書いた若い詩人、りみさんからのプレゼント。
ピンクのかわいいひつじさん。ふんわりやさしい手触り。。。 071229_2134~0001
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Dec 26, 2007

郵便です

自分宛の郵便物を受け取るのはやはり嬉しい。 
クリスマスシーズンの今日この頃、友達からのカードや手紙が届く。
そこに一緒になって茶色い事務封筒の「腎炎・ ネフローゼ児を守る会」や「チーム龍平通信」がある。
バイトに疲れて帰宅し手紙類を目にしてから、夕食の支度にとりかかる。開封するのはこういう時間になる。
この夏の事故のことはほとんど友達に知らせなかったから、何も知らずに「メリー・クリスマス!」と朗らかに声をかけてくれるのが嬉しかった。その一言は明るい気持ちにしてくれる。

なかでも嬉しかったのは同人誌を送ってくれた若い友人。
彼女、うちのりみさんとはミッドナイトプレスにわたしが投稿していた頃からの知り合い。今回、三角みづ紀さんたちと一緒に「パンチライン」という同人誌を創刊したらしい。開いてみると、写真あり、漫画あり、イラスト満載!で若さが弾けている。楽しみに読もうと思う。 才能ある若いひとたちの作品に接すると元気を分けて貰えるようだ。
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Dec 25, 2007

丁寧に

パソコンが帰ってきた。 
画面が暗くなる事があり、バックライトの故障らしいという事で修理に出していたが、いざ修理にとりかかろうと電源を入れると澄まして明るくしていたらしく「症状が出ないので直せない」と電話で言われていた。まるで仮病を使ってズル休みした子が病院で困っているみたいだった。
暗くなるどころか点滅さえしてわたしを脅かしていたのに、どうしたことか・・・、と思っていたが、暗くなる原因を他から探してそこを改善して貰い、「これで様子を見てください」と返されてきた。

パソコンに疎いまま使っているので「気をつけることはありますか?」と聞いてみた。いくつかやさしく教えて貰って心がけていること。
『丁寧に。。。』つまりそういう当たり前のことをおろそかにしてはダメなのね、ということを習得した。
乱暴に扱った覚えはサラサラないのだけれど、多少思い当たるいくつかがナイでもない。
丁寧に、、、。!
「几帳面でしょ?」と誤解されると慌てて否定する。 雑な性格がこんなところで発覚して、反省した。
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Dec 24, 2007

冬の日の出来事

いつの間にか灰皿町に雪が降ったらしい。公園には雪だるまもある。 
わたしのパソコンはまだ帰ってこないので、今日は仕事先の休憩時間にパソコンを拝借している。
先日、お隣の家の前に救急車がやってきて、次に消防車が到着した。
お隣にはわたしの母親より少し年長のおばあさんがひとりで暮らしている。母は俄かに落ち着かなくなり窓から様子を伺っていたので、「外に出て見てきたら?」と言ったら「イヤなのよ、顔がテカテカしてるから今・・・」という。「わたしだってまだ眉毛かいてないわ」と言いつつ結局、親娘そろって(おばさんとおばあさんで)玄関先に出てみた。そのわたしたち二人の前を消防車も救急車も出発して行ったので、真相はわからないままだった。(ヘルパーさんも無言で自転車で帰って行った)

翌々日、お知らせが届いた。一人暮らしだったおばあさんは亡くなってしまった。母はショックを受けている。わたしは一人でお通夜に出かけた。遠く離れて暮らす家族。小さい頃によく遊んでいた幼馴染みと再会した。わたしはもちろんすぐにわかったけれど、相手はわたしが誰だかわからず名前を言って驚かれた。
それくらい長い歳月が流れたのだ。

雪になるのではないかと思うくらい、冷たい雨の降る夜だった。
Posted at 11:52 in nikki | WriteBacks (0) | Edit

Dec 19, 2007

不在

パソコンを修理に出して4日め。修理屋さんにおいてくる時はちょっと寂しかったが実際はそれほど不便ではない(気がする)。。
夜ご飯のあと、ふと出現するフリータイムにパソコンを開くことが多い。
テレビはあまりみないので、読書の時間が増えた。
「荒地の恋」を読み終わって、小川洋子さんの「ブラフマンの埋葬」を読んだ。やはり小川さんの筆力はすごいと思った。タイトルに「埋葬」とついているくらいだし墓地も棺も度々でてくるから、読者は死の予感に導かれて読みすすむのだけれど最後は予測を裏切らない悲しさに充たされていた。静謐な、美しい物語だった。

今日から読むのは松下竜一さんの「ルイズ・・・父に貰いし名は」。 修理に出したあのパソコンからネット注文して長野から届いた。封筒を見ると「古書の森・マザーアース」の住所は伊那谷に春近しと読める。どういう所から来たのかと古書店の場所と主を想像してみる。

ミクシィもヤフーも見たいと思えば携帯を開く。でも、灰皿町だけはパソコンがないとたどり着けない。今夜は猫と一緒におばあちゃんのところへパソコンを借りにきた。クリスマスの頃にはわたしのパソコン、元気を取り戻して帰ってくるだろうか。
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Dec 13, 2007

台所

目覚めたときにあまり体調が良くなかったので、出かけるのは諦めた。 薬を飲んで静かにしていた。「左右の安全」「荒地の恋」「クロニクル」と読みかけの本があるのはうれしい。そういえば昨日、仕事先で敷地の塗装工事していて塗料の匂いがきつくて困った。帰りのバスはいつものように眠くて、、、。途中で降りるから眠らないように必死で夕食のおかずを考えていた。 

雨から曇り空へと変わって今日の「読書日和」も終わりかけた夕方、 ふと立った台所で、目に付いた汚れを落とし始めた。普段あまりに何もしないのでたまに磨くとピカピカになって満足感を味わえる。

昼寝していた猫も、わたしが動き始めるとそわそわと落ち着かない。 台所が多少キレイになって、さてひとやすみ、という時になるとニャーニャーうるさいので、わたしはココア、猫にはカリカリを少しあげて満足感を共有することにする。

この猫は毎朝、おばあちゃんのところへ挨拶にいく。「うにゃー」と 一声ないておばあちゃんの台所の戸が開けられるのをひたすら待っている。出かけるわたしが近くを通ってもちらりと一瞥するだけだ。
おばあちゃんのところの台所には猫のための水のみ場がある。 071209_0909~0001
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Dec 12, 2007

アンソロジー

灰皿町恒例の「うろこアンソロジー」募集が始まっている。 
  新参者のわたしには乗り越えられる敷居なのかどうかさえ判らない。
ふつう、同人誌に参加していると締め切りが提示され、各自が原稿を送り、誰かがまとめてくれる。数ヶ月して出来上がるとき初めて他のメンバーの作品に接することができる。

でもこの「うろこアンソロジー」は「はい、」と挙手した詩人からさっさとサイト上に掲出されていく。最初から他のみなさまの作品を読むことができるわけでレベルの高度が一目瞭然となる。

なんとなく、夏休みの自由課題を連想した。
ボツはない。そして「きちんと取り組んだ人」から持参するので始めにだしたひとは注目されるし、自信がないので出しそびれていると他の人の作品がみんな立派にみえてどんどん提出できなくなってくるのだ。

まあ、たぶんこれは出来の悪かった者のヒガミで、実際にはどうかわからない。わたしは宿題の名のつくものはすべてキライだったしよく忘れていた。もちろん、夏休みは遊ぶためにあったから提出しなければいけない類はギリギリになってすごくいい加減なものを作って出しては結局、恥ずかしい思いをしていた。

「何でもいいから出せばいい」ってものでもないことを多少、宿題からは学んだ。変わらなかったけれど。

さてこれは、宿題でもなく自由参加なのだから、気を楽にして目立たないようにこっそり提出できたらいいな、と考えてはいるけれど、どうなることかわからない。でも同人誌も投稿誌もない今のわたしに「詩のしめ切り」が出現したのは何となくうれしい。
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Dec 11, 2007

アンソロジー

灰皿町恒例の「うろこアンソロジー」募集が始まっている。 
新参者のわたしには乗り越えられる敷居なのかどうかさえ判らない。
ふつう、同人誌に参加していると締め切りが提示され、各自が原稿を送り、誰かがまとめてくれる。数ヶ月して出来上がるとき初めて他のメンバーの作品に接することができる。

でもこの「うろこアンソロジー」は「はい、」と挙手した詩人からさっさとサイト上に掲出されていく。最初から他のみなさまの作品を読むことができるわけでレベルの高度が一目瞭然となる。

なんとなく、夏休みの自由課題を連想した。
ボツはない。そして「きちんと取り組んだ人」から持参するので始めにだしたひとは注目されるし、自信がないので出しそびれていると他の人の作品がみんな立派にみえてどんどん提出できなくなってくるのだ。

まあ、たぶんこれは出来の悪かった者のヒガミで、実際にはどうかわからない。わたしは宿題の名のつくものはすべてキライだったしよく忘れていた。もちろん、夏休みは遊ぶためにあったから提出しなければいけない類はギリギリになってすごくいい加減なものを作って出しては結局、恥ずかしい思いをしていた。

「何でもいいから出せばいい」ってものでもないことを多少、宿題からは学んだ。変わらなかったけれど。

さてこれは、宿題でもなく自由参加なのだから、気を楽にして 目立たないようにこっそり提出できたらいいな、と考えてはいるけれど、どうなることかわからない。でも同人誌も投稿誌もない今のわたしに「詩のしめ切り」が出現したのは何となくうれしい。
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Dec 09, 2007

銀杏並木

風が吹くとぱらぱらと枯葉が舞い落ちる。
果てしなく降りそそぐような錯覚があり、足をとめる。
いつまでも見飽きることのない冬の空は秋の終わりを告げている。
大好きな秋がいってしまう。


いつもは仕事場で、せっせと落ち葉を掃除している。
掃き集めた落ち葉をみると焚き火がしたくなる。この季節、父はよく焚き火をしていた。落ち葉と一緒に燃やしていたのは何の紙類だったのだろう。くわえ煙草で葉っぱや何かを燃やしている父のそばで遊ぶのが好きだった。その火の中に自分も何かを投げ込んでみるのが楽しかったのだ。

落ち葉を集めてゴミ袋に詰めているオトナになったわたしは、昨日、 ともだちと新宿御苑の銀杏並木を歩いた。
遠い空からやってくるしあわせみたいに降り注ぐ黄色い葉っぱたちを、 いつまでも眺めていたいと思った。振り返って見ていたらひとりだけ置いていかれそうになった。

そして今日は再び、箒をもつ事務員。秋はとっくに終わっているらしく デスクにはクリスマス商品と来年のカレンダーが山積みになっていた。 銀杏並木を歩いてきてよかった。すこしだけ一区切りの気がしてあの散策路を思い出している。
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Dec 06, 2007

失いたくない

自分のブログを読み返した。
やっぱり好きなトモダチも家族も猫も詩も失いたくないな、と思った。 なにも手放したくはない。
わたしのちかくにあるのならそのままで、。 「コワくない」というのは強がりではないにしろ諦めることに少し似て、だとしたら「諦めるのはまだ早いんじゃないか」と思った。


「現代詩年鑑」を読んでいる。毎晩、数ページしか進まないのでいつになったら読み終わるのかわからない。ずっしりと重いので持ち歩けないし夜はすぐに 目を閉じて横になりたくなる、眠りは浅いのに。


いつまでも読み終えない本を抱えて、ぐずぐずと詩のせかいにとどまっていたい。とどまっていることに飽きるまで。

それにしてもわたし、すごいところに引っ越してきたな~と思う。
「現代詩年鑑」には灰皿町のみなさまのお名前がたくさんあってドキドキする。
Posted at 22:33 in nikki | WriteBacks (0) | Edit

Dec 04, 2007

「未知」

このまま「詩を書かないひと」になるかもしれない、とふと思うときがないでもない。それはべつにコワくはないけれどさびしい。好きだったひとに別れを告げるみたい。好きだったトモダチや恋人や家族や猫を失うことに似ているかもしれない。 

でも、書かなくても詩はわたしのそばにあり続ける。

そのことを再確認する今日この頃。
アーサーさんの講演の次に、谷川俊太郎さんのお話を聞きに行った。 10代の頃からずっと読み続けてきた谷川さんにこのタイミングで会えたのは嬉しかった。
持っていないと思う詩集を買って帰った。「未知」という詩に再会した。本当にすごく懐かしい再会だった。初出を見ると長女が生まれた頃なので、わたしは若い主婦で、年子のこどもたちの世話をしながらたまには図書館に行ったり、そしてなかなか返しに行けなかったりして、 毎日が慌しく過ぎていた頃だった。


 未知・・・・・・・・・谷川俊太郎

「昨日までつづけてきたことを
 今日もつづけ今日つづけていることを
 明日もつづけるそのあたり前なことに
 苦しみがないと言っては嘘になるが
 歓びがないと言っても嘘になるだろう
 冬のさなかに春の微風を感ずるのは
 思い出であるとともにひとつの予感で
 昇る朝日と沈む夕陽のはざまに
 ひとひらの雲が生まれまた消えうせるのを
 何度見ても見飽きないのと同じように
 私たちは退屈しながらも驚きつづける
 もしも嫉妬という感情があるのなら
 愛もまた存在することを認めればいい
 足に慣れた階段を上り下りして
 いくたびも扉をあけたてしごみを捨て
 ときには朽ちかけた吊橋を渡って
 私たちは未知の時間へと足を踏みこむ
 どんな夢も予言できぬ新しい痛みを負いつつ」


この詩を読んだ頃も、わたしは殆ど詩を書かなくなっていた。
でも読んでいたのだ。なんだ、いまと同じか・・・。
詩を読む。「すごいな」と思う。またしばらくはこれでいくのかな。

ふと去年の手帳を見ていたら、去年の今ごろは松下育男さんとお会いしていた。わたしの詩集のためにわざわざ時間を作って下さったのだ。嬉しくてドキドキして出かけて行った。渋谷で迷子になって早い時間に家を出たのにぐるぐる歩いてようやく指定されたお店に たどり着いたら松下さんはやっぱりもう先に到着していた。12月の都会の夜が二階の窓でキラキラしていたのを覚えている。


去年の手帳と今年の手帳を並べる。
「昨日まで続けてきたことを今日も続けて」いる。誕生と喪失の年だったかもしれない。拙い自分の詩集が生まれ、娘の抱えた欠損に衝撃を受けた。その季節も過ぎようとしている。
朽ちかけた吊橋だってどうにか渡ってきたのかもしれない。
だいじょうぶ、あるいていける。
何度でも「未知」に再会するために、週末には新しい手帳を買いに行こうと思った。
Posted at 18:25 in nikki | WriteBacks (0) | Edit

Dec 02, 2007

「焼かれた魚」

「出かけよう!」と思ったときに、歩いてからバスに乗るか、 家から自転車に乗って行くかをまず決めなければならない。 
(どこかの駅に行くとしても、手段はそのふたつ。)
そして昨日、自転車に乗って講演会に行ってきた。
社会教育会館は、幼い次女を保育室に預けて勉強をしに通ったところなので、ひどく懐かしかった。二歳だった彼女は預けられる時から泣き続け、迎えに行く頃はかすれ声になっていたものだ。

お話はアーサー・ビナードさんだった。
朝日新聞の夕刊コラムでエッセイを読んでいたのは何年前だろう。
その短い文がとても面白くて中原中也賞の詩集も手にしていた。
「わざわいもさいわいも」というテーマの副題は「言葉と暮らしを考えて」。日本語の特質や、言葉の力、詩については視覚的な特徴も事例をあげてわかりやすく親しみやすいお話で二時間はあっという間だった。

帰りに図書室(会館内にある)に寄って、「空からやってきた魚」という エッセイと「焼かれた魚」という絵本を借りてきた。サカナ2冊。
絵本は小熊秀雄作。わたしはあの詩人が童話まで書いていることを知らなかった。英文と和文が両方、書かれている。市川曜子さんというかたの挿絵が独特の雰囲気ですっかり気に入った。
借りて帰ってすぐに読み、今日もう一度読んだ。エッセイも期待通りに面白い。時々、アーサーさんの短歌や俳句が入っていてその才能に驚く。
新しい詩集を買おうと思っていたら今日の新聞に書評が出ていた。「左右の安全」。。。
あ、自転車に乗って聞きに行ったのは正解だったんだな、と何となく嬉しくなった。
Posted at 23:28 in nikki | WriteBacks (0) | Edit
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