Sep 28, 2007
庭
庭がなくなっていた・・。娘が転院したのは、7年前に父が入院していた大学病院で、
なんだか懐かしかった。
「おじいちゃんの車椅子を押して行ったあの庭」
芝生があり、木陰があり、猫たちがいる広場があったから、
記憶を辿ってふたりで行ってみた、、が、消えていた・・。
病棟も新しくなっていたし、古い売店もコンビニに変わっていた。
でも、猫たちはまだちゃんといた。
コンビニの袋を開けるカシャカシャ、という音に反応して、
三匹の猫がわたしたちのベンチの周りに集まってきた。
わたしが遅い昼食のパンを食べたあと素早く頭痛薬を飲むのを
娘は見逃さなかった。
「お母さん、頭、大丈夫?」
「アタマ??うん、ダイジョーブだよぉ、っていうか、
更年期じゃない?」
ふたりで笑って午後を過ごした。
ここは、7年前ではなくもっと以前、
小学生だった彼女が初めて入院を経験した場所である。
そのときも庭はあったかもしれないが、
散歩をするようなゆとりはまったくなかった。
そうだ、娘は大きくなって、成長して、
母親を気遣い、自分を見つめて、進む道を探そうとする女性になった。
わたしが押すまでもなく、
娘は身軽に車椅子を操って、サッサと先を行こうとする。
見えている範囲をからだで知っていくかのようだ。
「おじいちゃんとの思い出の庭」が消えたのはさびしかった。
でも、時が流れていくことをわたしは、しみじみと感じた。。
Sep 27, 2007
回復の見込み
「回復の見込みはありません」と、告げるとき、きっと医者もつらいのだと思う。
聞くほうは必死な表情をしているに違いない。
すがるような視線は痛いだろうと思う。
そして、もう何も言うべきことがなくなり、
「それでは、、、」と言って医者(助手もいる偉い先生だ)が、
部屋を出て行くとわたしたちに大きな沈黙が訪れる。
わたしは誰の顔も見られなかった。
もちろん、泣き出すこともなく、
持ち帰る娘の洗濯物をまとめ始めた。
「お母さん、だいじょうぶ?」と彼女が言った。
なぜ?
どうして彼女はこんなにも穏やかでやさしいのだろう。
どうして、こういうときに真っ先に口を開き、
わたしを気遣うことができるのだろう。
事故による顔面のダメージは、
予測や楽観的希望を打ち砕くものだった。
「わたしはだいじょうぶよ」といって微笑みを見せるのが精一杯。
片目の視力を失うということがどういうことか、
わたしにはまだわからない。
書くこと、読むことが大好きな、姉妹のような彼女が、
その事実とどうやって折り合いをつけていくのか、
いまは見守るしかないのかもしれない。
Sep 14, 2007
なみだ
病室に入ると娘が泣いていた。黙ってそばにいる、
ひとりにしてあげるために離れる。
選択肢はこのふたつしかないと、
わたしはもう知っている。
もう、コドモではないのだから泣いてはいけないなんてことは、
絶対にないのだ。
もうコドモではないから泣きたいことは山ほどある。
泣いて当たり前の状況で、涙ひとつ見せずにがんばったら、
かえって心配になる。
ゆるやかになるべくおだやかに、
娘が立ち直りますように、、、。
彼女は手術を終えて、介助があれば車椅子に乗れるようになった。
でも、ダメージは両足にある。
ひとりでトイレにも行けない日々はどんなだろう。
愚痴ひとつこぼさずに耐える必要もないのに、
病気とともに生きてきた娘はまた、淡々と受け入れようとしていた。
わたしは彼女のために柔らかな素材のタオルを
娘の好きなピンク色を基調に、
何枚も用意しようと思う。
Sep 12, 2007
小石
連絡を待っている連絡が来ない
そうして
あたしの前から彼が
去って行ったのだとようやく理解するとき
それをいつもあたしは
男の思いやりだと考えていた
『沈黙』というかたちで示された終止符を
何度も見つめてきた
あたしを傷付けないために
彼は黙って消えたのだと
都合よく考えようとしながらも
その静かな衝撃に耐えながら
あたしはまた一歩 森の奥へと入って行く
冷たい小石を拾ってポケットで温めながら
手は無意識に石の汚れを拭っている
彼はいい人だったに違いない
困ったようにあたしを見つめていた眼差しに
気がつかないふりをしながらよそ見をし
本当に寒かったので身体を寄せた
沈黙、という手段は 卑怯ではないよと
あたしは自分と男に伝えたいのに
もう その方法がない
彼は遠くて
あたしの感覚は麻痺している
好きだったあの低い声
含羞んだような笑顔とあたたかい手
もう届かないのだと何度も気がつくために
感情の池の淵を覗こうとする
静まり返った森の中で
ポケットの小石だけが
自分を支えている
けれど致命的な何か、はすでに刻印されているのかもしれず、、、
それを取り出して眺めることは
今は できそうにそうにない
2005/10
秋
仕事を終えて、外に出ると夕焼け空だった。「秋がきたんだ・・・」と思った。
夕刻6時頃、空を見るときが好きだ。
あと30分もすればこのハイライトシーンは終わり、
空は夜の色へと急ぎ始める。
この時刻、亡き父親が「黄昏」「誰がそれ」と教えてくれたひととき、
以前は自転車に乗ってどこかに向かっていることが多かった。
空を見ながら自転車に乗っていた。
帰宅途中のときもあったし、夕方からの仕事のときもあった。
空を見ながらゆっくりとどこまでも走っていたかった。
どこへも行きたくはなかった。
秋を纏い始めた雲と空に身を委ねてしまいたかった。
いまは、デスクを離れて、公園の出入り口に鍵をかけに行く。
朝は「長いな」と思っていた勤務時間を終え、
外に出ると空が待っている。
約束をかならずまもるひとのように、、、。
でもわたしは、いつだって空のもとへはいけなかった。
自転車は目的地を目指したし、
今だって空を見上げた少しあとにはデスクに戻り、
ロッカーで制服を脱いでさっさと帰り支度を始めている。
バス停に着くまでに決めなければいけない。
今日は娘の病院へ行くかどうか、今夜のご飯は何にするか、、。
それから、それから、、そう、いろんなこと。
果たされなかった約束の苦さや、信じることの難しさで、
空は濃度を深めていくようだ。
Sep 09, 2007
待つ
右足骨折のための手術は、無事に終了。あとは免疫抑制剤との攻防だと思う。
「感染症」。。。。新たな敵に遭遇した気がする。
足と、顔面、が主な打撃だった。
足の術後は目の精査になると思う。
彼女の大切なコブタのぬいぐるみ、バムセ。
恋人は事故車から真っ先に拾い上げた。
わたしと彼は、ふたりで手術が終わるのを待った。
娘のバッグとぬいぐるみを預かって・・・。
彼はバムセのお腹に娘の腕時計を巻いて、
祈るように待ち続けた。