晩秋から初冬へと移る 山々の木々は
その緑の中に まだ
鮮やかな赤と黄を 見せていた
いつもの鶯の声は
さすがに 季節に追い払われて
この場からは不在
背丈の低い蜜柑の木々は
どの木にも オレンジ色の実がたわわになり
柿の木にも溢れるほどの実が豊かだった
そんな くねくねの坂道を上っては下り
父のところへ向かう
空模様はどんよりと曇り いかにも冬準備
しきびをとりかえ 墓石に清水
海からは冷たい潮風 誰も来ない
ひとしきり父に語りかけ しばらくして
雨粒に追い払われ 墓石を去る
もう一度 フェ−リーに乗り
車ごと離島
波は 役目を終えた私を 本来の場所へ戻す
しだいに 体は疲れをサインする夕刻
一日の終わりセピア色の中 家路へと急ぐ
芯から冷えきってしまって
その血液さえも 扉を開ける頃には
酷使のレッテルが貼られている
「いたわれよ わが身を」
耳をかすめる そらごとのような父の声
摂氏40度のお湯をはり
柚子の香りの入浴剤
すっぽりと沈めた全身の血液が
ゆるやかに解け始める
皮膚の表面から内臓の底へ染み渡る温かさ
生きている事の確かさが 湯気の中に浮かぶ
漂うつかのまの至福
石の中の冷たい父と 湯気の中の暖かい私
「やっぱり 生きてるほうがいいんだよ」
ふたたび 父の声のささやき
わずかに切り取られた ちっぽけな幸せ
その処方せん
父は私に それを教える
(2004, 6, 7 第28回ふくやま文学選奨 最優秀賞
選者; 橋本福恵 )
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