神話
詩作品 目次前頁(弔辞) 次頁(王統紀)
γページShimirin's HomePageUrokocitySiteMap

神話



 さいしょには光もなく、闇もなかった。空は地の底にあったし、時間は貂や鹿と区別がなかった。枯れたカエデの葉にくるまれて、風に乗ってやって来たンナトゥペには母の記憶も父の記憶もない。流れのそばで素焼きの壺を洗っている娘を見たンナトゥペは、コヨーテとなってにわかに彼女と交わった。三本のトネリコの枝を差し交し、一本を月と星辰(空のもの)に、一本を沼と豚(低いもの)に、一本をじぶんの背後(影のもの)に投げつけた。するとたちまち孕んだ娘に命じられてンナトゥペは、海が近かったので、大魚の広い鰭八つ、小魚の狭い鰭八つをそれぞれ四つに分けて東西南北に柱を立て、タパの繊維でもって娘の妹らに織ってもらった白旗をその先に結びつけ靡かせて、海嘯のとどろく妻籠みの家から離れた。やがて虹が起ち、地が裂けて分娩がおこなわれ、イグアナとなって出現した母と子は、ンナトゥペに輝く十匹の蛆虫を与えて海嘯の果てに奔り去ったが、それは食べ物の始めと言われる。その後ンナトゥペは多くの娘たちと交わり、つまり、蛇や火喰い鳥や犀そのほかと交わり、さらに多数の獲物・食べ物でもある息子・娘たちを得たが、次第に明け離れていった地と空と海との分際に、やがて真昼が訪れて、ンナトゥペ一族と同じように太陽も自らを殖やしていったので、十と一つの太陽の下、海は涸れ、地は罅割れ、皆が苦しむようになった。そこで始祖ンナトゥペは息子のひとりで大蟻食いのガラガラに太陽を鎮めよと言い付けた。背中の剛毛の、五本の曲がり矢と五本の直ぐ矢の入った靫を持ち、日には十日、影のない夜には九夜を考え抜いたガラガラは、灼けたスメール山の槍の穂みたいな頂上に立って、五本の曲がり矢で辺津日のすべて、五本の直ぐ矢で中津日のことごとを平らげ、ふたたび奥津日の穏やかさを取り戻した世界、家族の居る流れのそばに帰ろうとしたが、父神は許さず、熊と鮭の王国を造れとまた地の果てへ遣られた。泣く泣く熊と鮭の国に百世、河馬と大蛭の国に百世を経て、ガラガラはすっかり年老い、悲しみに猛り逸ったこころも和しくなり、やがて紙縒の人形に象られ、もう風の歌のなかにしか居ないガラガラは遥かな聖像のようだけれど、じつはわれわれの家の裏山のハナミズキとなって、毎年春になると花をつけるのである。


詩作品 目次 前頁(弔辞)次頁 (王統紀)

γページShimirin's HomePageUrokocitySiteMap