司祭を殺して最初の森の王となったベルは、司祭の妹のベラを妻とし、森を出た。森からの脱出時、すでに身籠もっていたベラは平原に着いてからベガ、ベク、ベドの三人の息子を産み落とし、ベドの下にさらに三人、すなわちベス、ベロ、ベヌの三人の娘を産んでから死んだ。森から出てきた民と平原の民とは相争うことなく、混血していったが、生粋の森の民であるロスとカルの氏族は平原の民と交わることを拒んで、湖沼地方に逃れていった。ベルの命によって討手が差し向けられ、ロスの息子とカルの娘以外の二つの氏族の血が絶やされた。ロスの息子とカルの娘は、それぞれベガ王子と平原の女との間に儲けられた娘、ベヌ王女と平原の男との間に出来た息子とめあわされた。殺された二人の臣下の子供は最初拒んだが、そうしなければ自分たちも殺されるのでベル王の命に従った。ベル王が息を引き取るとき、王を継いだベガとベヌ内親王の一族は栄え、ベク王子は町の女に産ませた足の不自由な倅を残して若死にし、ベロ王女は夫とかたってベガ王を亡き者にしようと毒を仕掛けて発覚し、湖沼地方でロスとカルの一族と同じ非命をたどった。ロスの息子の子供が正嫡カロである。この王子は死んだカルの娘の息子カミ王子と幼時から親しく育てられ、大叔父であり僧侶であるベド、大叔母で一族の歴史を諳んじているベスの両実力者の後ろ盾を得ていた。カミ王子は、ベク王子と同じ病によって急死したベガ王のあとを襲って王となったカロの勧めもあって、湖沼地方に楽土を求めて一族を引き連れて移住し、初代カミ王を名乗った。カロ王とカミ王は、平原地方と湖沼地方のそれぞれに勢力を拡大してゆき、ほぼ国力も拮抗した。二人は非常に仲が良かったが、領地のことでそれぞれの臣下がしばしば衝突するようになった。あるとき大叔父ベドの名を借りてカロ王に讒言する者がいた。彼はカミ王を信じ聞き流していたが、やがて妻の貞節に関わる密告に及んで、家刀自の老ベスの制止を振り切り、カロ王からカミに仕掛けて湖沼地方で大会戦が行われた。十昼夜になんなんとする激闘でカミ王の家族、氏族とその軍隊、領民、犬猫に至るまで生ある物のことごとくが殺された。カロ王も両目と両手を失い、妻の庇護がなければ生きられない身体となった。そうしているうちに、暗殺を恐れ、湖沼地方に永らく隠していたベクの息子、クリ王子を老ベドが連れてきて後見し、カロ王を禅譲させて正朔を奉じる。それから七代続いたクリ王統の千年、いくさはなく、民草は幸福であった。八代目でクリ王の血筋はすべて絶える。やがて因縁の湖沼地方の水は干上がり、森はすでになく、人々は砂の迫りはじめた平原を去ることになった。出発の角笛が鳴っていて、筆者はもう行かなくてはならない。最後の森の民、ベスの末裔、之ヲ記ス。印璽
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