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 旅人にすぐ間近の路地を曲がってそれは来た。猛禽の嘴を持つ鳶が、三羽四羽、滑空してただよう冬の空は高曇り、電線から電線を伝って十二月は女のような悲鳴をあげる。金襴の枯葉が一斉に石畳を転がる音は疾走するユニゾンとして旅人を追い抜き、あらゆる木戸を開け閉てして目に見えない人間を出入りさせ、壁に貼られたウインター・コンサートのポスターに大きく裂け目を入れて遠くに破片を投げ飛ばす。回転する光の器械みたいな運動体が、街のあらゆる表面の影を奪うことで、すべての三叉路をまえにした人間の思考を芝刈り器のように刈り込んでゆく。それは散乱するスチロール、CAN、包装紙、広告塔、の明度を昏ませ、逆に彩度をどこまでもどこまでも上昇させて眩ませる。金管ならば例えばチューバのごときもの、旋律ならば例えばパーカッションの終わらない打撃、かぎりなく悲しみに似た喜悦、つまり、みずから時間を追放した音楽、つかのまの秋の跡の。緑色の金属で出来た複雑な構造の、しかしただ一本である河を渡る橋を攻略して、尖塔の鐘から無数の銀の虚無(リヤン)をあふれさせるそれは、夜を抱き、闘技場(コロッセオ)の罅割れの向うの空に永遠の朝焼けの血を湧出させ、粘土板の線刻に潜んで、記憶とは別なほど古い、原色のおびただしい音符をおののかせるだろう。森の声、森の匂い、それは高いところから旅人のいる空の底へ降りてきて、また高くて限定の無いところへ帰ってゆく歌だ。歌いながらそれは来て、すぐそばの路地を曲がり、女たちに挨拶し、植物を生長させ て食べ物をもたらし、子をもたらし、人に方位を与え、火を教え、狩りを教え、病を治し、あらゆる木戸を開け閉てして花を咲かせたあと、一緒に人を連れて限定の無い高い高いところへ帰ってゆく。その滅する時、歎くこともなしに。海までは枯野ばかりや鳥の道。*

*丸谷才一の発句。


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