In Autumn garden
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In Autumn garden



 旅人は葡萄棚のしたにいる。山並みは細く青ざめて町々の屋根から遠ざかる晩秋、蔓ものはにぎやかに黄葉し、ヤマノイモのハート形の葉が金色に陸続ときらめく満艦飾のうえの、大きく紫に割れたアケビの口唇に仄かな瓔珞や巻雲が懸かる。石のように、樹のように、旅人はななめに傾いで思惟(しゆい)する。朱夏には伽羅として焚かれるツワブキの、幼児が描いた太陽光みたいな黄色い花弁の放射は垂れて、いかなる理法に触れているのか、ニラの花は細密に開き、震え、かすかにもりあがる畝に鍬を振るう人の影を、陽炎がはるかに去った向こうの山水へと歩ましめる。冬は去った。秋は去った。夏は去った。春は去った。ベランダに旅人は腰かける。粗く同時に滑らかな木の肌、庭のなかのたった一本の木の、亭々とした祈りのたかさにおののいて、旅人の額(ぬか)に青空の観想が降りてくる。足許の青黒いゲンノショウコの葉の重畳たるかさなりが延びるところ、須弥山の暗く輝く天空にほとばしる水煙を乗せた九輪に届き、長い枝角を生やしたものの蹄の音が行き来する。旅人の思惟はさらに傾ぐ。これはLoku-ya-onではないか、双林ではないかと。庭には小径がつき、一塊の風をやどす木の頂上にヒヨドリのつがいがしきりに接触しては離れることを繰り返す。この小径を往還するものがいる。季節を絶対に否定して金銀の裂(きれ)の華麗な落飾でよそいつつ、右回りに世界を透明に往還するもの。笙や篳篥が風に交じって騒がしい。夜の朝になるを思わず、昼の暮れになると言わず、ただ日光月光のさんぜんたるふりそそぎに堪え、無い枝折り戸を開け、赤い柱をくぐってこんじきの森に消える。籐の椅子のはるか上空、人頭鳥身のたおやぎや、冷たい炎をまとった飛天の音楽にはてしなく眠りながら、旅人は庭先で、ことしはじめて出来の新酒を抜いた。

ゆぎょう   二十二号         2004・12月


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