大師
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大師



 鉄の車輛の先頭に坐るとドアが閉まる。きりきりと鳥のような声をあげながら。錆色の道はどこまでもうねうねと、曲がったり昇降したり。どんなに巨大なステーションでもここから眺めたどるかぎり、青空のなか、青空を背に、孤独なプラットフォームの痩せた影でしかない。旅人のまえに錆色はどこまでもつづく。ゆっくりと上昇して中空に静止し、あるいは沖に拓かれた滑走路に下降する白い機影を沿わせながら、また轟音をあげて瞑目する陸橋をくぐり群青の河を越え堤防をひだりに見て何もない南へと下る。気がつけば青空のしたでそこだけが栄えている聖地、世界の果てにある世界の中心、DAISHIという名のこんじきの王宮である。その場所で旅人は旅人たちとなる。漂着神から原始した水べりの時間は旅人たちにとって、まさにそこから永遠が始まったことを意味している。言い換えれば、流れる有限の時間のある一点に傷を入れることによって始まる無時間という永遠。その分泌。阿形と吽形によってあらかじめ証しつくされかつきらびやかに鎖されている門。おおきな嘆きみたいに深く優しく旅人たちにひらかれてある金堂の絢爛。オベリスクの先端、東西南北に咒のscriptをかかげて御柱はなまなましく天空を呼吸している。透明な羂索によってはるかな御影につながれ、海、三界のまぎれもない顕現でありつつ。王宮に至る周囲では、烏賊や貝をあぶる海浜の匂いが濃密に立ちのぼり、あらゆるカーストのだみ声が旅人たちを招いている。竹細工、ロレックス、さいころ、プラチナの白蛇殿の秘密が、讃歎のように叩かれる切り飴のおびただしい音色とともに、この世界のいちばん端にある夕ぐれをきらめかせるのだ。くず餅屋が戸をたてはじめると、ほんのすこしのあいだの夜にむけて、打ち水をした酒場に灯がともる。チャイナタウンの理髪店の鏡に見える海からのように塩からい風に吹かれて、旅人はふたたび独りであることにめざめる。支線からもと来た町へさかのぼると、ファスナーみたいに闇が閉じ、王宮は人々の夜の夢のなかに沈む細い金線の輪郭のふるえ。海くれて鴨のこゑほのかに白し。*
*芭蕉句、貞享元年冬。


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