カサイの顔をちかごろ見ない
週がずれたのか、それとも私が点滴をしなくなって
午前の時間に行かなくなったせいなのか
さいしょに会ったのは、輝く城のように清潔な特別病棟の
空気清浄機が死の通奏低音みたいに響きつづける小さな喫煙室だった
胸郭の奥に美しい榴弾を吊り下げた男や女たちが
たいていは黙って、煙を吐いてから出てゆく
(いちばん陽気で饒舌だったのは、そこのヌシみたいな末期の男だ)
カサイはいつも苦虫をかみつぶした顔でヌシとやりあって
(言ってはいけない言葉)
「おらあ、ハイガンなんぞ、こわかねえ!」と吼えたものだ
カサイの顔をちかごろ見ない
あのころは茶飲み友達みたいな老人の仲間に入って、合わせて六人
カサイも私も、看護師やヘルパーさんを悩ませたものだが
半年たって、カサイも私も
Kさんと、Sさんと、Yさんと、Iさんと、四人まで
岬の突端みたいなところに立ち尽くして、見送らなくてはならなかった
カサイはどうしているんだろう
あそこを出てから待合室にカサイをみとめたとき
武者絵の凧みたいな顔をくしゃくしゃにして、こっちに近づいてきたっけ
肺の何分の一かが屏風の紙を張った硬さになったので
もう大型タンクローリーはコロがせないと言う
コロがすのは一人用の酸素ボンベを乗っけたキャリーなんだと笑う
けれどカサイはあんなに柔和なやつじゃなかった
いつも敵意があって、いつも何物かに憤怒して、絶対に和解を拒んで
そうして元気だったのだ
カサイはどうしているんだろう
カサイの顔をちかごろ見ない
「詩手帖 飛燕 創刊号」掲載予定
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