十二月に入ると、にわかに、空が、他界が接近する 
階段のある丘の上から仰ぐ、青、という巨大な虚無を行き交う 
かなしくて明るい眷属たち、音楽鳥やよい香りを持つ飛天、犀利な武具を携えた 
きらびやかな阿修羅、韋駄天たちに混じり 
カコガワさんや、シモカワさんやヤマグチさん、イマムラさんたちの 
ほそくて白くなった遠い姿も見える、ゆっくりと 
透明な天球の端から端までを分断してゆく、飛行機雲よりも時間(とき)のかかった 
一瞬のなかに 
 
「あなたは嘆くべきでない人々について嘆く。しかも分別くさく語る。賢者は死者についても生者についても嘆かぬものだ。/しかしクンティーの子よ、物質との接触は、寒暑、苦楽をもたらし、来たりては去り、無常である。それに耐えよ、アルジュナ。」* 
 
きみと行った港の、すこし高台になった公園から見た夕ぐれの海の色は 
残酷なほど青かった、こころが動揺するまでの、その青は 
だけれども深いふかい寂静を、まるで在らしめられるべき希望の言葉みたいに、そっと 
わたしたちに告げているかのようだった 
こぼれる斜陽の降りかかるgreatwharfには、飛ぶ鳥の代(よ)の名を冠した 
豪奢な客船が始祖鳥に似た胴体を寄せ、カンテラみたいに寂しい灯を 
無数のきらめきとして揺らめかせはじめている……われわれの、懐かしい家のように 
 
「彼は決して生まれず、死ぬこともない。彼は生じたこともなく、また存在しなくなることもない。不生、常住、永遠であり、太古より存する。身体が殺されても、彼は殺されることがない。」 
 
きょうも、階段のある丘の上に立つ、すっかり葉をふるい落とした冬の木が 
永劫の齢を保ち、しかも日ごとに新しい、青い空無の中へ、鋭い枝を差し入れる 
向かいの杉山神社の森に、街のすべてをあざやかな影のくまどりに変えて 
無い叫びのような、炎える入り日が赫々と留まりつづけているけれど 
絶対の沈黙、という喜ばしい楽音にひたされてゆく、おろかにも世にあるわれわれは 
そこに在るというだけで、ひとつの祝福であり、祝福する者たりうるか 
丘の階段を下ってめざすのは、ほんとうに夜の魚屋なのか? 
 
「河川の多くの激流が、まさに海に向って流れるように、これら人間界の勇士たちは、燃え盛るあなたの口の中に入る。/蛾が大急ぎで燃火に入って身を滅ぼすように、諸世界は大急ぎであなたの口に入って滅亡する。/あなたは全世界を遍く呑み込みつつ、燃え上がる口で舐めつくす。あなたの恐ろしい光は、その輝きで全世界を満たして熱する。ヴィシュヌよ。」 
 
*偶数連の引用は『バガヴァッド・ギーター』(上村勝彦訳)より。 
 
ゆぎょう           八号           2003・12月 
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