遊行期
詩作品 目次前頁(集古館にて) 次頁(私信、Mへ)
γページShimirin's HomePageUrokocitySiteMap

遊行期



けさ、まだセミは鳴きださない曇天の
大きな寂寥のしたで夢から覚める
せむし男の肖像を背負った美青年の詩人Aが
遠い遠い過去(むかし)のように、海賊ジョン・シルバーの片眼で
夢の活劇のなかを大暴れしていた
かつてはげしく
私が愛したもの、憎んだもの、それらが
いま絶対の無縁の氷海をへだてて去ろうとしている
ゆうべ、折りたたまれた光と影の
粗い粒子のむこうで、自ら両肱を曲げてじぶんの背中に遣り
かすかな刻の留金(ホック)をたしかに外した
深い、なめらかな葉陰は何だったのか
あの八月、
かたく瞼をとざし、夜をとおして
辛く、苛烈で、しかもけっして動かない
塩の柱みたいな悲しみを抱いた
夏の朝の窓ごしに来る、おびただしい光の点
それが誤謬であり、亡んでゆく湖であろうと
断固として光の点のおびただしさに堪えてゆく、勇気?
曇天は拡がって
この世は何も付け加えられていない、為されていない、
まだ何も
思考されていない
「世界の始まりのときに人間は居ず
 世界が終わるときにも人間は居ないだろう」
かがやかしい休暇からはじまった時間は、やがて
無時間の長い影が交錯する叢林の
セミの声を浴びる沐浴、山河はまざまざとそこに在り
海のほうからやって来る
この、寂寥はやさしいか?

 吹風は涼しくもあるかおのづから山の蝉鳴きて秋は来にけり

*歌は金槐和歌集巻之上秋部より。
                                    
03/6/11


詩作品 目次 前頁(集古館にて)次頁 (私信、Mへ)

γページShimirin's HomePageUrokocitySiteMap