溺屍体
倉田良成詩集 旱魃の想い出から 一九七〇〜一九七五 目次前頁(睡眠譜) 次頁(視えない廃屋で)
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溺屍体



   ※

わたしからくるしい肖像がたおれる!
描かれたもの
描かれなかったもの
それからのちの憂愁が囲い込む
明るみのふかさのしたにわたしの身体が立っている
落葉のように積み重なって死んだものらは紅潮する
昏れてゆく眼が視おろすふたしかな下方から
徐々に周囲を埋めてゆく音楽
熱くなるものを伝えながら いま
声があがる
驟雨の奥から夜がやって来る
とおい空間に開かれる
かわいた唇ははるかな零(ゼロ)に吸引され
かたくなに眠りつづける想像を抱いて
世界は大またに歩み去る

   ※

異なった夜のあいだでわたしたちは眠る
わたしたちへ架けわたされる火のない両極
濃密に狭められてゆく黄昏の淵に
風をへだててわたしたちは衝迫しあう
接近が わたしたちをあたらしい空白で賦活し
さむくなってゆく眼が密雲のようにうごく風景を灼いてゆく
そしてすべての水面が告知する わたしたちは
愛する暴風雨(あらし)を沈めた夜と夜のくらいかがみに向き合わされる
果てもなくたちのぼる眼の闇の臨界に
一点の向う岸が灯される わたしたちの
色付けられない身体には凝る寒流が喚び込まれ
そこにはじめての声をしたたらす
先発つものから襲われてゆく
わたしたちをはるかに遅らせるもの
恐慌を沈める厚い遠景の夜から
わたしたちのうちがわを鮮烈な車輪が迸ってゆくだろう

   ※

ふかい虚(うろ)のように風景が残されている
視えないひかりに開かれた胸廊のおくのほうへ
幾まいも襲いくる燃焼のなかの秋の場処へ
照らしだされるごとに沈んでゆくいちじるしい距離がある
彼方から
導線(コイル)のように伝ってくる一滴の知識
冷えこむ虹彩のなかで堪えている
わたしの人間 そのかたくなな眠りのうえに
死んだものらを方舟のように流す雨の日付が過ぎてゆく
〈そしてわたし・わたしでないもののため〉
いちどきに戦慄させてゆくはげしい落葉
夥しい予知を含んで秋へもりあがる風が視える
まだ来ない落葉の層に純粋な冬の溺屍体が視える
まなざしによってわたしを費やしてゆく水底の空
熱い瞑目のうちがわに顕つ季節の線に
わたしたちのみしらぬ記憶がくらい肉のなかから析出されてくる


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