旱魃の想い出から
倉田良成詩集 旱魃の想い出から 一九七〇〜一九七五 目次前頁(昏れる季節のための散文) 次頁(睡眠譜)
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旱魃の想い出から



もうすぐ暑いときがやってくる 女たちさえ寡黙をまもっている そのたしかな視覚に圧される ひでりのなかでぼくはひとつの予定だ まるで噴水のように ぼくのほうへあがってくる音楽を考えている もっと暗い姿態へ 日は充ちるのだ

そのときの世界の止血 ぼくの四囲から いくつもの鎮められない物語が肉迫する 左右からむらがってくる ことなる気温には同時に堪えなくてはいけない 永劫にあいされない 巨きなたてものの影からとつじょ発汗する このまひるには馬の腹のように濡れている路面を眺め そこに顕われる鮮やかな図形 何故水を恐れる?

ぼくよりもまえのほうに向い まるで密雲のような思念がある 暗いものごとを言うものの判断で つぎつぎに卵割されてゆく夏の貌 ぼくは空中に付けられた 鳥のような濁点となってその内実をとおり抜けよう 風景は もっとも曲った部分を愛しよう そして微かな名前をあたえる ぼくはゆるされているかどうか ぼくはそこから おどろくべき時間の身体を具して出てくるか

防備のないよるのしたで 地形はわずかに撓うのだ それをおもうのはぼく一人ではない 波浪のような人間がいる まぶしい地図のなかに ぼくたちの邂逅する空白がある 閉じこめられた遺伝をもってぼくたちはあつまる 風景は烈しい父のまなざしにおおわれている そのために ひとには暗い天候を言わなくてはならぬ その盲いた方形の空のしたにすいぎんのように沈む純度を置いてみる 季節からべつの季節へ (もっと近く)襲いながらわたってゆくもののいとなみを感知する あきらかな想像を含んで雨がやってくる

湿らない空は室内にまで浸入する 待つひとのいない一日 おおきな死角にぼくの感知がむすんでいる 視えるものと視えないものとで一個の惨事をつくってしまう 球(たま)になる午前 そこからひとつの禁止に触れあってゆく ゆっくりと零(ゼロ)を言う唇がひらかれるだろう 絶えざる寒暖の 日差しのしたでぼくの疑惑が生きもののように滲透する いま背後から迫るものだけが呼吸のぜんぶだ 交互に世界に入ってゆくぼくの両脚が感じられる ふかい鼓動に似てくる日向をあるく その畏れによって夏をあるく

(ゆうべには厖大な遺産が告げられた)
そこからぼくの想起はいちばん暗いいっかくにうつる 窓のうしろには 景色が無形の動機となって充ちている 架空のきびすが通りすぎてゆく部屋にいる ぼくが不眠であるために たくさんの影がついやされる そのために他人を飲みほす もうひとりの苛酷な他人であることもぼくには可能だ 世界の眼には濃密に昏れつづける空 そこに終わりのない追跡をしくむ みしらぬ道具を携えて またぼくは巨きな睡りのなかへはたらきにでかける


倉田良成詩集 旱魃の想い出から 一九七〇〜一九七五 目次 前頁(昏れる季節のための散文)次頁 (睡眠譜)

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