無言歌
倉田良成詩集 旱魃の想い出から 一九七〇〜一九七五 目次前頁(鳥を描く) 次頁(讃歌)
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無言歌



1
わたしは演じる
わたしは演じられる
秋! 失った符牒の空のしたで
声のない動作をひらく鍵
実り継ぐおおくのものを叫ばせて
一滴の血を置いてしりぞく風景
一瞬の遺構に太陽が過ぎてゆく
明日わたしが占めない席の
静かな数字へ 感情はふかく色づく

2
背後の円卓をくつがえして現われる病気
たしかな暗黒としてたつ個人
死すべき厖大な名を載せた書物が
窓ぎわに迫る季節風(モンスーン)の
豪奢な眼光のなかに影を奪われる
鳥が抜ける胸
腐蝕しない世界に吊るされた部屋へ
雨は訪れる
香りたつ蜂のように
逆さまに円熟する無花果のくちに
声の処刑 落日をめぐる
やさしい毒はあつめられてゆく

3
読み手のなかで回転する日時計盤
くらい花を夥しく落として終わらせる中心の
秋! わたしは演じられる
わたしが演じるものへ
かぎりなく向きあってゆく逆行の形姿(かたち)
風が閉ざす輪郭の街
かつて踏みならされない広場の夢から
片脚ごとにふかまってゆく
生きたままの肖像がつくられる
しだいに埋められてゆく不安な伽藍
物音のなかの光り
誰も入らぬ家の内がわで
八月は巨大な卵のように血を流す

4
他人の収穫期
一個の椅子が倒される
一枚の画布が運び去られる
陸封されたいくつもの眼を愛してきた
生きものをみつめるように
ひとさらの食事に対座する
ながい傷
新しい紋章のさなかに顕われる横顔の秋
わたしは演じる
わたしを演じるものと
かぎりなく訣れるために抱き合う屍体
声をなくしたひろがりのなかで一点となる
襲うもののない標的
空をうめてゆく空
それ以上のものへ
とめられてゆくまなざしの鋲をうつ



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