Nov 24, 2006
薦田愛さんへ
お詩集『流離縁起』ありがとうございました。「マツユキソウヲサガシテイラッシャイ」のフレーズに触発されて、この夏に読んだブルターニュ伝説の「イスの町」を想像しています。海底に沈んだ町が、ふとしたきっかけでひとの目の前に現われる。小さな頼みごとがあって、それを聞いてあげないと瞬く間に消えてしまう。町は死者の町で、この世に生き返りたいと、生者に頼みごとをするが、不意のことで、頼まれた漁師(水を汲みに来た女)は聞き入れることができない。一度消えると、もうどこにその町があるのかわからない。この話はさびしげで荒涼としているようですが、どうも中国の「桃源郷」に想像が繋がってしまいます。歴史的なヨーロッパの過酷さ、東洋の温和さがイメージにも影を落とすのかもしれません。押入れの整理をしていて、モン・サン・ミッシェルの絵葉書が出てきて、とっさにああ、これはイスの町だと思いました。まだ実際に見たことはないのですが、友人で、パリからバスで日帰り参詣した人は幾人も居ます。 意識の中に持っている風景は、自分一人のものというより、自分の出自からおのずから浸みでて来るものだという気持ちが強くなってきています。そのための容器であり得るかどうか、蓋を開けずに生を終ることのほうが多く、それはそれでいいのだけれど、ひとたび流れ出し始めると、止めどもない。詩を書くものは、その容器の蓋が開いてしまった者だというような気持になって来ています。Nov 21, 2006
ひとりぼっちじゃない…
「炎上」はもともと「私がぜんぶ焼かれる/ ジャンヌ・ダルクを焼いた火で」となっていたのです。
削ってしまった一行が心に掛かって、その後また別の詩をいくつか書きました。
上は森山さんからのメールの1節。非常に心に残る文章だ(これ自体が詩だと言ってもいい)。『ジャンヌの涙』をだしたのは昨年8月、森山さんの『夢の手ざわり』は11月、自分の感受性が「ひとりぼっちではない」と悟ることで、詩集として発表することの意味を強く思った。別にジャンヌと言わなくても、ポエジイの近親性に変りはあるまい。だが、と思う、それがポピュラリティを獲得するまでには、まだ大きな時間がかかるだろう。
Nov 20, 2006
「私という濾過器」
『碧い眼の太郎冠者』1976年 中公文庫『このひとすじにつながりて』1993年 朝日選書487
『私の大事な場所』2005年 中央公論新社
ここ1ヶ月ほどの間に、ドナルド・キーンの本を3冊読んだ。そして11月7日には御茶ノ水のホテルで1時間30分の講演をまじかで聴くことができた。講演後、ご一緒に写真も撮ってもらった。先日、一生の宝物と言ったのはこのこと。楽しい一夜だった。
怠慢なことにキーンさんの本を読んだのはこの度がはじめて。関連して『源氏物語』の訳者アーサー・ウエーリー、初めて芭蕉の名を教えたコロンビア大学の日本文学教授角田柳作、そして米海軍日本語学校の同窓で東京大学のサイデンステッカーのことも詳しく知ることができた。初めて日本語で書かれた著書『碧い眼…』を読み始めて、肩が凝ると思った。多分達者な文章の奥の隙のない論理性が自分には辛かったのだろう。若いときに読むべきだったと悔やんだ。それは、この人の目はどうやったってごまかせないぞ、という畏怖の念に怯えたのかもしれない。そして、それは6才の時の九州の疎開から東京へ戻る途絶しがちの汽車の中に踏み込んできた銃剣をかまえた若葉のようなGIに怯えたときと共通しているかもしれない。だが、今年84歳のキーンさんは穏やかで微笑を絶やさず、音楽的なソフトな声音の人だった。仏詩をやっているものにとっての、いまはもうトウルーズに戻られているイヴ=マリー・アリューさんと同じような位置に考えていた人だった。
この3冊の本から、文学にかかわるものの感受性として深く共通するものを感じ、さまざまな貴重な示唆を受けることができた。例えば、写真は亡くなった人の影と思って懐かしいが、録音された声はその人の声そのものの感じで不気味、という感覚、3年前に他界した長兄について言えば、写真は見たいと思うが、声を録音して置けばよかったとは少しも思わない、可愛がってくれた伯母についても同じ気持だ。また終戦直後アメリカで日本文学を教えていた恩師角田柳作について、2つの国を愛する者の悲劇、と謹厳に職務に励んでたゆむことのなかった先達を労わっておられるのも共感を呼ぶ。またまつゆき草が待雪草だと教えられたり、「クツネ・シルカ」が虎杖丸(いたどりまる=アイヌの英雄ボイヤウンベの愛刀)の曲を表すものであったり、オートクレール(高く清らか)の持ち主オリヴィエはシャルルマーニュの12騎士(バラディン)のひとりだとか。大学教授は他に何もできなくても、1時間ほどしゃべることなら朝飯前の仕事である。というようなユーモアとか
なんだか、欲しかったおいしい食事にありついたあとのように舌なめずりをしたことである。いつまでもいつまでもお元気でいらして欲しい。
Nov 11, 2006
「炎上」と「薪尽き」
「私が ぜんぶ焼かれる足の先から 髪の毛まで この体すべて
骨のその芯までも 心も魂も
私が ぜんぶ焼かれる
…
いま すべてが焼かれていく
棺の中で目を閉ざし
私は燃え上がり
まっすぐ上昇する」
「あおむけにまっすぐにねて
厚い鉄の扉がひらいて
係員が一礼して
ゆっくり中に入って行く
日本人はみんなジャンヌダルクだ
さよならわたしはどこへいくのか」
上は森山恵さんの「炎上」の一部、下は有働の「薪尽き」の全部である。昨日、頂いた詩集『夢の手ざわり』(2005年、ふらんす堂)を読んでいてこの作品に出会った。想像力の近親性に驚く。発展の仕方は違うが。森山さんは魂の上昇を幻視するが、私は焼き釜の中でうろうろしている。思うに森山さんの作品は純粋に想像力の生み出したもの、わたくしのほうは、長兄の火葬というじっさいの経験から出たもので、まだ、事実の厳しさにうろたえている状態から抜けきれず、想像力が高まって行けないのだ。優劣ではなくて、コンセプトの違いだと思う。<薪尽き>という言葉はさる上人の入滅の記録から借りてきたもの。