Jun 27, 2024
リンリンの話
最近視力が衰えて、
つい人間の使うメガネを試してみたくなりまして。
とチンパンジーが言った。
君は人の使う言葉が話せるのかい。
はい。申し遅れましたが、
私はリンリンと言います。
ハンスさんが名前をつけてくれました。
えっ!
ハンスって、もしかして私の父のことじゃない?
とリンが言った。
その上着はドイツ軍の軍服でしょう。
この服は別の人からの貰い物なんですよ。
長生きしてると、色々事情がありまして。
あなたがリンさんですね。
ハンスさんから写真を見せてもらったことがあります。
ねえ。父は生きてるの?
ハンスさんはもう随分前に亡くなりましたよ。
みなさんは湖の祭壇の遺跡から来ましたね。
僕はあそこには入れない。
入るとグリューンに怒られます。
グリューンて、誰?
ああ、ドイツ語で緑っていう意味ね。
グリーンマンのことでしょう。
そう呼ぶ人間もいますが、
ハンスさんはグリューンって呼んでたんです。
あなたはどこに住んでるの?
このすぐ近くですよ。
久しぶりに人間と話せて楽しいなあ。
リンリンはクラウドに
メガネを返している。
ねえ、父のことをもっときかせて。
とリンが言った。
いいですよ。私の家でお話しましょう。
少しだけ離れたジャングルの中に、
リンリンの棲家があった。
ここが私の家です。
どうぞ、寛いでください。
何もありませんが。
リンリン君とやら。
君は人の言葉を話せるチンパンジーのようだが、
もしかしてマークの集落の外れに住む、
ゴリラのシーザーのお仲間なのかな。
とクラウドがきいた。
彼は僕よりずっと年下で弟のようなやつです。
僕たちはなぜか知能が高く生まれついたんです。
シーザーは人間になりたがっている。
でも僕はジャングルの中の方がいい。
ここはグリューンが守ってくれるので安全ですし。
ねえ、父は亡くなったって言ったけど、
それはいつのこと?
どんなふうに亡くなったの?
このスケッチブックは父のでしょう。
とリンが尋ねた。
そんなに一度に幾つも質問されても。
リンリンはバナナを出してきてみんなに配った。
食べごろになるまで、
印をつけてとっておいたものです。
甘くて美味しいですよ。
まず、ここの遺跡についてお話ししましょう。
ここははるか昔、魔族たちの住む都でした。
魔術を使う人々の暮らす都は大いに栄えましたが、
ある時戦いがあって、戦いを好まぬ多くの人々は、
都を捨てて安息の地へ去っていったのです。
でもフミコという魔術師と少数の人たちだけが残り、
強力な呪力を持つフミコは、
この土地全体に魔法をかけて都を守り抜いたのです。
やがて戦いが終わり平和な時が訪れましたが、
残された住民はわずかばかり。
フミコもやがて亡くなり、湖の祭壇に埋葬されました。
時が過ぎ住民たちも四散していき、都は滅びました。
住民たちの一部は周辺の様々な部族に混じって、
神話や伝説の中に都の物語を伝えたといいます。
私が生まれたのはそのずっと後です。
フミコがジャングルにかけた魔法と、
住民たちが長い間生活に使っていた魔法が影響して、
私やシーザーのようなものが生まれたと言われています。
グリューンは私たちよりずっと長寿で、
生前のフミコに可愛がられていました。
グリューンはフミコの言いつけを守って、
今でもこの土地を守っているのです。
もう一つグリューンが願っているのはフミコの復活です。
いつか魔術師が現れてフミコを復活させてくれると
信じているのです。
ここまでお話しして、これからが
私が生まれた後のこと、ハンスさんのことです。
偶然遺跡を発見したハンスさんたちは、
当然ながらグリューンに目をつけられました。
でも最初は調査隊の中に魔術師がいて、
フミコを復活させてくれるかもしれないと、
期待もしていたようです。
けれど、ハンスさんが
フミコの頭蓋骨を持ち去ろうとしたことを知り、
不安に駆られて襲ってしまったんです。
グリューンは話すことはできませんが、
私と意思を伝え合うことができるんです。
それを聞いて、私はハンスさんの介抱をしたのです。
薬草の効力でハンスさんは奇跡的に命を取り留めました。
ハンスさんは、私に人の言葉や様々なことを教えてくれました。
同時に、私からこの都の由来やフミコのことを知り、
この遺跡のことは公表しない。もし人間の世界に戻れたら
復活の呪文を知っている魔術師を探して、
必ず連れてこようとグリューンに言いました。
その証に、日誌に使っていたスケッチブックと
フミコの頭蓋骨を入れた自分のバッグを、
グリューンに預けたのです。
でも残念ながら、体力が回復せず、
いつか娘のいる国に帰りたいといいながら、
ハンスさんは亡くなりました。
あなた方は前に一度調査に来たでしょう。
グリューンはその時のあなた方の会話を覚えていて、
再調査に来ることを知り色々と考えていたようです。
みなさんの前にわざと姿を現したり、
わざとスケッチブックとフミコの頭蓋骨を置いて、
あなた方に見つかるようにしたのです。
でもね。僕は、グリューンに、
そう仕向けたのはフミコの意思かもしれない。
とも思っているんです。
グリューンがずっと大事にしていた
フミコの頭蓋骨を人間に差し出すなんて、
すごく大胆なことですからね。
じゃあグリューン、あのグリーンマンは、
もう私たちを襲わないのね。
それはそうとも言い切れません。
グリューンには強力な魔法がかけられているんです。
この遺跡から何かを持ち去ろうとする者、
よこしまな意図が感じ取れる者には
その魔法が発現して襲いかかるかもしれません。
あと、君の長い長い話は興味深かったんだが、
長い長い歴史の途中で生まれた君が、
なぜそんな大昔のことを知っているだい。
それはもちろんトカゲ人間に聞いたんですよ。
トカゲ人間は、ごく稀にジャングルに
リクガメを探しに来るんです。
それは初耳だな。
私も話すのは初めてです。
昔々、魔族と地底に住むトカゲ人間は
この都で仲良く暮らしていたんですよ。
戦争があったというのは、トカゲ人間同士の戦いです。
その争いに、一方のトカゲ人間たちと
仲良くしていた魔族の人々は巻き込まれたんです。
さっきそう言わなかったですか。
言わなかったぞ。
質問してもいい?
私のお父さん、ハンスは亡くなったんでしょう。
父のお墓はどこにあるの?
お墓なんてありませんよ。
ハンスさんの頭蓋骨は、シーザーが持ってます。
家宝にするって言ってました。
えええ。
それ私と佳奈がもらったよ。
怪我してたシーザーを、医師のアーネストさんに
紹介したら、お礼にって貰ったの。
いらないって言ったんだけど根負けしちゃって。
ふーん。そうでしたか。
シーザーは若くて何も知らないはずですけど。
ハンスさんは国に帰りたがっていたし、
ここでお墓を作って埋めちゃうより、
人間になりたがっているシーザーなら、
人と接触する機会も多いだろうと思って、
渡しておいたんですが。
でもシーザーはリンさんがハンスさんの娘さんだと
知ってたのかなあ。
なんか直感が働いたのかもしれませんね。
ゴリラ感というやつですか。
あなたたちってみんなお仲間でしょう?
なぜシーザーはグリューンに襲われたの?
元々私たちはこの地域を守る何かの役目を持って
生まれたと言われています。
シーザーは人間になりたがっているので、
グリューンにはあまりよく思われていないんですよ。
それで遺跡の近くで出会うと、
たまに噛みついて脅かすんです。
噛まれてもゴリラだから植物にならないですけど。
おお、長い長い話に
時が経つのを忘れていたようだ。
まだ聞いてみたいことが山ほどあるが、
もう昼過ぎになってしまったぞ。
遺跡に戻らないと。
ブラッドたちが心配している。
そうね。
これ急いで食べ終わったら戻りましょう。
リンリンはクラウドから
スペアのメガネをもらって喜んでいる。
強力な魔術師だったら、
ハンスさんを甦らせることができるかも。
蘇ったら一緒にまた遊びに来てねー。
と言っている。
長大な歴史ロマンでしたね。
長すぎて途中で小説になっちゃうかと思いましたよ。
魔法で人が生き返る話が出てくるとなんともね。
リクガメを探しに来るトカゲ人間ってなんでしょう。
リンリン、まだ手を振ってるよ。
フミコっていう人の頭蓋骨は今、誰が持ってるの?
アーネストが、あのバッグに入れたまま保管してる。
地下の都のことや、光る石のこと、
ハンスが副葬品を隠した場所のことなんか、
聞けなかったね。
一度には無理だよ。
みんなと合流してから、
相談してあとでまた来てみよう。
ラッセルたちは祭壇の遺跡に帰りついた。
探してたんですよ。
心配かけて悪かったね。
ジャングルに抜ける通路を見つけて、
会話のできるチンパンジーと出会って、
色々話を聞いてるうちに長引いちゃって。
それが、
大変なんです。
アンドレアが噛まれちゃって。
おお、どうした大丈夫か。
治療薬の軟膏を塗っておきましたから。
とアーネストが言った。
こちらに戻ってきても
みなさんの姿が見えないので、
遺跡の中を探していたんです。
光る石の近くに行ったら、
草陰に隠れていたグリーンマンと
出くわしてリュックを取られそうになって
格闘になっちゃって。
格闘中に脛を噛むなんて反則よ。
脛っ齧りじゃあるまいし。
とアンドレアが悔しそうに言っている。
アンドレアの足から、
草の芽が吹き出している。
大丈夫、見かけはショックですが、
じきに治りますよ。
とアーネストが言った。
リンリンの話によると、
グリューンはフミコの頭蓋骨を
計画的に私たちに託したんだし、
私たちを襲わないんじゃなかった?
例外はあるって言ってたよ。
とリンとクラウドが話している。
解説)
続きます。
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