Mar 27, 2006
サリン事件から11年
今日、松本被告の控訴が東京高裁で棄却された。もう11年。おそろしいほど裁判に時間がかかるなと思った。松本氏は、拘置所の中で、オムツをしているという。何がそんなに彼を現実から遊離させているのか?この11年、彼の否定性はずっと闇の中で、そしてもうすぐ死に至るかもしれない。死刑になるかもしれない。巻き込まれた様々な人は、どんな気持ちだろうと思った。それぞれの気持ちがあるだろうけど、簡単にわかりますといったら無責任のような気がする。11年前、僕は、大学四回生だった。全然、就職活動どころか何も手につかなかった。だから、この11年とは、自分が社会になじめるかの繰り返しだったろう。オウムの起こした事件は、この世界を否定するという考えが、どこまで行くかを見せ付けられた。僕は、いろんな意味で、世界とのつながりを恐れ、拒否する傾向がある。だから、このようにブログで自分の考えを述べたり、詩を発表したりというのは11年前では思いもよらなかったことだ。
自分が世界を否定しているのではなく、恐れたり、自分との不整合が原因で(自己と自己自身は一致する事はないのだが)たじろいで、つっかかっていると気づいたのは、介護体験なしに考えられないだろう。というかずっとまっすぐになれなかったのが、はじめてまっすぐになれた経験。なぜ手放してしまったのだろう。この問いから離れられない。
それで目先のデイケアになかなか取り組めてない。自分にとって何がいいのだろうか。
自立支援法はまだ書類とかが届いていない。どうなっているのかな。なんか、昔介護をしてたときに問題になった「支援費制度」を思い出す。名前も似ている。PSE法は事実上だめになったけど、あれは強い反対があったからか?そのほかの事は、通るとなれば、すごく強引に通っていく。
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