[無 から 有 へ]――斎藤恵子「樹間」を読む
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[無 から 有 へ]――斎藤恵子「樹間」を読む



 普通の人が、なにげなく見過ごしてしまうもの、そういうものに命を吹き込み意味を持たせる、それが詩人なのかもしれない。
 事象であれ、静物であれ、あるいは出来事であれ、その中に、独自の感情移入をし、そのものがそのものであるまじき、擬人化をし私達の心を、もしくは私達のみならず、たとえば、その詩集を手にするひとが、共感し救われる。そんな意味合いをもって立ち上がってきたのが、斎藤恵子の詩集「樹間」なのだと思う。
 時には怪奇的に、また時には童話的に、擬態語擬声語をふんだんに取り入れながら、物語的に詩は転回していくだろう。
 『飛ぶ木』などはその冒頭から、ファンタジーを想像させる。それでいて次にいつのまにかそれは、流れの中で、いくつかの場面を変えながら空転し、やがて身近な私達の日常の生活の中に、斎藤恵子ふうにいえば、ちょこりんと座しているのだ。
 死者とのかかわりも、その現実性を彷彿とさせる。哀しみを抱えながら、その哀しみをいかにして自分の中で昇華させるか、それは想像の域かもしれないが、内面で葛藤している、そんな所も読み取れた。
そして、人がふと、誰でもが晒されているもの、特に、ひとり都会に出てきて自分さがしをしているひと、そんな人が陥りがちな、目に見えぬ得体の知れない自分をおびやかすもの。そんな危うい焦燥感のようなものが、随所に多々、見られているように思う。斎藤恵子にとってそれは何なのか?彼女のみならず、これは、普遍的に、現代人の心に、ややもすると巣ぐう、そういう危険性を多分に孕んでいるものとは思う。
 無 から 有 を生み出していく。これは、斎藤恵子の、真摯にそのものと向き合いひたすらそのものと語りながら詩を起こしていく、その姿勢には、驚嘆 ともいうべき煌きをみるだろう。
 『かぼちゃ』『ふゆの野菜』『烏賊』『レバー』などはその才たるものであると思う。
 『佐渡』『聴くこと』『花あそび』も惹かれる作品であった。『春の夕暮れ』『十三夜』もいい。
 なかでも、私は『洗顔』が特に好きな作品であった。〈光る蛇口から 透明な冷たさがほとばしる 勢いよく泡立ちながら放たれる〉という、何気ない写実から始まり、一連の終わり〈きらめく朝〉で希望。四連の終わり〈真新しい朝にふれたばかりだから ふれただけでも頬に赤みがさしてくる〉〈鏡の前で背をのばし にいっと微笑む〉でさらなる希望。この詩の中で〈きっぱりと昨日を落とす〉〈今日のことだけ考える 先々のことなど考えたら 手がとまってしまう〉〈朝の粒子がふくらんでいる〉などはとても魅力的なセンテンスだ。〈ぎゅんと〉〈ぴちぴちと〉などというオノマトペーの使い方の巧みさも斎藤恵子の特徴だと言っていいかもしれない。それらは斎藤恵子の詩篇のすべてを、柔らかくふんわりと包み込み、読者を斎藤恵子の世界へと知らず知らずのうちに、引き込んで行くのだ。
 表題作「樹間」の解説が後回しになってしまったが、きっとこの作品は、斎藤恵子が読者に一番に見てほしい作品なのではなかろうか。
 〈へびの皮に似た模様の果実〉とはきっとライチのことだろう。それが〈生臭い匂い〉がかすかにする、という。蛇に関連して〈くにゅくにゅした食感〉という。
 〈空腹感もないのに食べてしまったことを悔いました〉〈胸の中が黒くなったような気がしました〉〈どこへ行くのか分かりません〉と、不安感を説く。〈突然子どもが木立の遠くへ向かい叫びました〉〈私も叫ぼうとしました 喉につかえるものがあるのか声がでません〉の閉塞感。〈穴を掘りました・・・穴に向かい叫びました 埋め戻して小石を置きました〉は「王様の耳はロバの耳」の童話を呼び起こす。〈この川も渡らなければと思いました 大きく息を吐きました 子どもも吐きました〉子どもは、子ども自身が吐いたのか、それとも自分の中にいる子どもを吐いたのか、飛躍させれば堕胎したのか いろいろなことを想像させる。詩には、車でいうハンドルの遊び、空想させる余地がなくてはいけないのだろう。斎藤恵子は、その的を射ているようだ。語り口が「〜ました」で統一してあり童話風で〈きゅるきゅる〉と音をたてて流れる川辺。しかしその底辺に注がれる内容は、より意味深いものである。
 空想は、グレーの翼をはためかせながら、切なく広がっていくだろう。

 作品批評上「斎藤恵子」と呼び捨てにさせていただきました。どうかお許しください。
 私も早く、斎藤さんの所あたりまで、近づきたい、と思い日々精進しています。

          (2004・8月 )


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