曲馬団
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曲馬団



 風の噂は何日もまえから届いていた。子供らは興奮し、それをなだめる役の母や姉たちもなにやら落ち着かず、父たちだけがそれらを笑って見ていた。数日がたつと町の外れの大きな広場に、幌付きのトラックやキャンピング・カーが何台も付けて来て、髭を生やしたりでっぷりとした腹の、ランニング姿の精悍な男たちがハンマーやシャベルを使ってパオみたいな大テントをどんどん造りはじめる。それのあいだに交じって背中に赤ん坊を負ぶった黒い長スカートの女らのモッコを運ぶ姿もちらほらと見える。やがて夜。ふいに出現した燦然たる光に飾られた原色の王宮に、食事を終えた町のみんなが招かれる。馬の背にリオのカーニバルみたいな布の切れ端を着けただけの逞しい女が逆立ちし、また厚塗りの口紅やおしろいの巨女たちの白象みたいな行進のあと、一発の銃声と高鳴る鞭の音にみんなが振り向くと、ライオンが回転する炎の輪に飛び込む。虎と豹がそれにつづき、山猫がさいごに飛びくぐると、それらを指揮していたのが燕尾服を着た一匹のチンパンジーであることを明かされて観衆はどっと沸く。時ならぬ小太鼓の乱れ打ち。再び銃声が天に響く。振り仰ぐと、素晴らしく長い脚と露わな胸のレオタード姿の美男・美女の、空中で交錯する華麗なエトワールみたいなブランコ技が、運動する紋章のように展開している。一往復。二往復。そして三回目で注目のティンパニの乱れ打ち。直交する二組の男女が、今まさに大きくバウンドをとって山なりに回転しながら交叉するのに成功する。失敗の恐怖と歓喜に戦いていた観衆の大きな溜息と拍手。ブランコの美女の手にいつのまにか留まっていた金剛インコが、妙技をほめたたえながら下のサークルに出場したクラウンの腕に降りる。クラウンがインコにキスしようとすると途端に罵声を発しつつ、ピエロの頭に乗り移る。インコを挟んでクラウンとピエロが追いっくらする円運動のうちにファンファーレがきらびやかな地獄の響きみたいに鳴らされて、子供たちはどうして夜になると家に帰って眠らなければならないのか理解できない。あとのことは思い出せない。だけれども、次に町の外れに行ったとき、ピエロやきれいなお姉さんや悪の権化みたいな不思議な男たちがいた大テント群は跡形もなく、ただ草と雲と青空だけが風に吹かれているのを見るばかり。


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