Cafe du GABO
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Cafe du GABO



  ――カフェ・デュ・ガボは江ノ島のてっぺんに建造された新展望塔に付属するカフェで、二階に島の外洋側にせり出した広い板張りのデッキがある。

開放したガラス戸のむこうには、カナリー椰子が孤独に戦ぐ
青空に浸されたガレー船のように、目には見えない
無数のかがやく櫂があげる水しぶきを浴びて
Cafe du GABOの木の板で出来た小さな禁煙席にすわり、私たちは
ユズを砕いた淡い味のお茶を飲んで
地上とはすこし違う匂いのする風に吹かれた

おんなじ江ノ島だけど、ここまで登ってくると、音楽はもう無い
エスカーがたどってきたのは、辺津宮、中津宮、奥津宮の冥い路だ
ふと振り返れば、イチョウやタブの曲がりくねった繁りの眼下に
疼痛のようにうつくしい紺碧がたたえられているのに気づく、それがたぶん
島の神様が女性であることの秘密なんだと思う
あんなにきらびやかに象られておわしますけれど、ほんとうは、神は、
見えず、聞こえず、われわれを促しもせず、引き留めもしない

カフェのデッキでは新しくなった展望塔を背景に写真を撮った
若作りのきみと若作りの私は、無機的な構造物のまえでカメラに収まったけれど
時間は、だが青空の奥ではげしく雪崩れつづけながら、その噴水(ふきあげ)の先
端、
ガラス戸の外の、カナリー椰子を一瞬の想い出のように孤独に戦がせつづけている
千年ののちに誰かが他人の想い出を思い出す、なんてことは絶対にない
だけど、それに酷似した風景の裂(きれ)と、なつかしい匂いがたった今、浅く流れて、消えた
SUNSETが近い、デッキでライブがはじまるまえに、展望塔に上ろう

江ノ電で降りる江ノ島駅のメインストリートはおもちゃ箱を覆したようで
砂浜のざらざらと赤や緑のペンキの感触も駅前から兆している
なんでこんなに光が強いのか、島に渡る橋からは悲しいほど露な裸体の群れが見え
蛍光色の帆をあげたサーフボードが永遠のなかを遊弋する
「マイアミセンター」で迷子を呼ぶ拡声器の叫びはモテットみたいに天に昇るのだが
生きる歓びがこれほど、悲哀の高さに似たものであるとは
この八月、この島に来て、歌をうしなうまで私の知るところではなかった

虚空へ延びてゆく見知らぬ格子模様とともに、展望塔を上った
板張りの三六〇度は風が強く、海よりも陸地の遠景が怖くて、きみは泣きそうだ
展望室の透光アクリルがおおう空間以外は、すべて現実の感じがしなくて
私たちは、日の差す大広間をみんなで歩く夢を見ているようだ
さっき島影にあって気になった巨大な船の塊が、指呼の近さで横たわる
コイン式の双眼鏡に銀貨を落とし、おびただしい波の鱗片のただなかに捉えた
震える船腹には、この世からの亡命者のために、沖合で待つスローボートじゃない
「JAPAN COAST GUARD」の大文字が、天国からの光輝の侵入を防衛している

くれがたになり、セミの声が途絶えてはじめて
厳めしい、猛々しい声が岩の島を包んでいたことに気づく
デッキでは、いよいよ楽器が鳴り出すが、プレーヤーも、店の売り子の娘も
缶ビール片手の聴衆もぜんぶ、Tシャツ姿のさびしげな若人で、伊豆の方角に沈む
海の深い反照とともに、きみと私は、夢幻のような次代を目の当たりにしていると思う
コダックの原色の暗がりに、さいごに、極小となったカナリー椰子の戦ぎを留めて
私たちは家の方、あの、ちぎれたオーロラみたいな異境の空の下へ帰るのだ


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