街は石で造られている 霧がたち込めれば眩むような椅子の深みから 声だけが熱烈にゆめみられて 腕はどこまでものばしてゆくことができる 部屋から部屋へ 馬のようにいななく塔を呼び 蜂のように刺す鳥を呼ぶ 背の低い男は待たれている かがやく広場の空にいかなる書が焚かれねばならないか わきたつ群衆のまえでひきさかれる男の精緻な瞳孔の罠にどんな世界がしめあげられるのか 街は雨によってつくられる 瞑目して描く灰の壁に 黙って濡れてゆく見知らぬ肩がたちならび 雨をついて不意に出現する午後にむかって 窓という窓は閉ざされている
鋼色の接吻 彼は眼を細める このまぶしさを注視せよ 白蝋の指は触感する 毒物のくろい覚醒にきらめく見たこともない地下の一室で 息をひそめて論証される 劇的時間
について 僕は発見した まるで見たこともない絵のように虐殺される予感の室内で 雨もろともに弾奏する至近のソナタ 僕は雨を信じまい 地上に降る雨を信じまい もっとも深い耳へ うちおろすフォルテ 憂愁の黒鍵に狙いを定めたまま そのあとに来るなにものも拒絶してはならない ドアが開く ではみずから正午の影に重なるがいい 青銅の微笑に烙かれて 無言で彼は眼前に立つ 鳶色にみひらかれた瞳孔にいまみちてくる邪悪な秋のために 僕は一枚の華麗なデッサンをとどめておこう……
彼は眼をつむる 僕のうしろから 世界は巨大な花の痕跡と化してゆく 火の理由を知るために手を灼く ピアニストの冷えきった感動にむかって 僕は指をこわす!
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