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「はい」を巡る攻防
起きて階下へ行こうとしたら
妻の細い声
「ゴミ、出してくれない?」
対して
「はい」と背中を立てたおれ
階段を下りながら
なぜ、「アア」でなく
「うん」でなく
「わかった」でなかったか
「はい」は気位の高い人への熱いまなざしが見え隠れする
おのれのひ弱さを奮い立たせ、ぜんまい仕掛けで進む足並みを思わせる
「はい」という二音が遠い昔から含んでいるもの
その上向きの視線
その主体を(一時的にしろ)マヒさせて従うべく
その間の空気に距離を作り
そんな言葉をなぜ妻に
「うん」でも
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どうしてここへ来たのだ
なにをしに来たのだ
こんな夜更けになにも持たないで
なにもはかないで
なにも着ないで
月が見えるかい
半月だろ
そしていま雲に隠れた
そんなふうに隠れたらいい
雲だっていつまでも隠してるわけじゃない
きみが存在することは誰でも知っている
それでいいじゃないか
それ、だれに言っている?
えっ、おれにか?
きみに聞こえたのか
驚いた
きみに
それよりもっと自分に