May 26, 2006

精密な観察者、尾形亀之助

5月4日に亡くなった吉行理恵と、尾形亀之助の詩集を集中して読んだ。尾形の作品を読んで、はるか以前、『死人覚書き』を読みながら夜じゅうまんじりともしなかったときの記憶がよみがえってきた。尾形、原口は同系譜にあると思う。あの時代、大正から昭和に年号が変わり、14年に太平洋戦争が始まるまで、ひとりの個人の意識がどのようであったか、手に取るように分かる。このもの静かな人は人一倍肌感覚の鋭い人だった。そのゆえに、「何らの自己の、地上の権利を持たぬ私は第一に全くの住所不定へ。それからその次へ。」と、一度読んだら決して忘れることのできない言葉を3番目の詩集の冒頭に書き付けたのだ。自由な個人として生きることが許されない時代に、個人を捨てることができない意識はどうやってこの世での自己の存在をたわめていけばいいのか。この人はそれを自分の身で錬金術した。非常にランボーに近さを感じてしまう。怜悧な世間の観察者、自己のそぎ落としによる焼き入れ、自己否定による自己実現しか方法がないことを悟ってのことだ。屋根の上を猫が行き、戻るのをじっと観察している詩が圧巻だ。
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