Jul 03, 2007
謎の闇
(《海上で母牛の乳を吸っている》仔牛のこと)今朝、わたしたちは真っ暗な空の下を
スクール岬とアルジック岬の間を進んでいく
そして眼の下深くピロールの岩を取り巻く海を眺める
皆黙り込む。スターリンの罠にはまったリュドミラと
戦争の恐怖の中でパウルスを認め、エレンブルグに出会い
かの地で生涯の男、ラービと一緒になった彼女の母のことが思われる。
彼女の孫娘が仲介する
彼女は斧で斬ったへらじかを鞄に入れており
このへらじかはモスクワの地下鉄の中心で血を流している。
妹のリュシルは、ビルの前に立つ祖父のワーニャをわたしたちに見せる
この建物は彼自身がステンシルの型染めで飾って建てたものである。
わたしはプラザ・ドン・ペドロ・クアトロのことを話そうとは思わないし
ばらばらになり、暗い坂の上で生きている者たちのことも話すまい――
そうではなくて、波のうねりのようなこの地上に生れるのを
わたしたちがもう少しで見るところだった――足元のおぼつかない
おさない白い子牛のことを、あなたがたに話そうと思う。
註
「謎の闇」Obscurites と中題して一篇。ベルイル島の町ロクマリアから、島の東南端を海岸沿いに歩く。このあたりは大西洋に面して岩壁がそそりたち、奇岩が波に洗われている。そのおどろおどろしい厳粛な風景に触発されて、ドイツ=ソ連戦争、スターリングラード陥落時の不思議な一件が思い起こされる。海の上の白い仔牛とは? この謎のエピソードについては、ナチとソ連崩壊後のヨーロッパ人にとってはポピュラーであるかもしれぬが、第2次大戦敗戦後のアジア人にとっては、理解が難しい。だがこの作品があることによって、詩集全体に奥行きが付いている。
アルジック岬=la pointe d’Arzic スクール岬を東に向って海沿いに北上すると、やがてアルジック岬に達する。この一帯は奇岩の多い切り立った岩壁が続く。
ピロールの岩=le Pilor 柱状にそそり立つ岩からこの名が付けられたらしい。
リュドミラ=?
スターリンの罠=1943年ボルガ川下流の工業都市スターリングラード陥落に際して、スターリンが何か策略を仕掛けたのだろうか。いずれにせよ、スターリンが反撃の末、ナチ総司令官パウルス将軍を降伏させる結果となった。
パウルス=フリードリッヒ・フォン・パウルス(1890~1957)ドイツの軍人。スターリングラード攻防戦のナチス側総司令官。1943年、9万の生残り将兵とともに降服。ソ連の捕虜として10年間抑留、スターリン没後解放されて、ドレスデンで死亡。
エレンブルグ=イリヤ・エレンブルグ(1891~1967)ロシア・ソビエトの作家。ヨーロッパ各地に亡命し、1954年小説『雪解け』でソヴィエト知識人の精神の変遷を証言した。
ラービ=オーストリア生れのアメリカの物理学者イシドール・ラービ(1898~1988)のことか? マサチューセッツ工科大学教授、レーダー及び原爆の開発に従事。ノーベル物理学賞受賞。
ワーニャ=?
プラザ・ドン・ペドロ・クアルト=?
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