Sep 16, 2006
「アルケミスト」読了。鷲田清一の本へ
「アルケミスト」読了。オチはナンダコリャと思った。あれはまずい気がする。クリニックに行く電車の中でずりおちそうになった。とはいえ、スピリチュアル。極端な宿命論。これはお話だなという感じがしすぎる。いいお話にはちと遠い。しかし、その論理の強引さが、いい感じになっているところを発見した。少年が砂漠をピラミッドに向かっていく時、砂漠の中で不安にさいなまれた少年が自分の「心」の声に耳を傾けるよう錬金術師からアドバイスされる。そこで、どんなネガティブな「心」の声の時も、それをただ徹底して聴く、それは少年にどんな状況になっているか知らせているというところだ。認知療法より身に沁みる。ありがちな処世ではあるけど、なかなか自分に都合の悪いこと、かっこ悪いことは、つまり自分の弱音は聞きたくないものだ。ここには客観性がある。それから、大事な予兆は、それとなく待っていて、それに集中しないと訪れないことも教訓といえばいえる。教訓くさいのが難点だ。というか教訓のすし詰め状態。主観に流されがちで、展開も強引だが、ありがちなお宝や何かを求めるというのは人を引きつけるのだろう。ロマンって奴かな。
鷲田清一『「待つ」ということ』(角川選書)が新しい示唆を与えてくれそうな気がする。大事なもの、運命をうけいれる。そういうものを「待つことなく待つ」といってる点、個人的に注目大だ。引かれる例も面白い。鷲田さん、文章がすごく硬くもなくやわらかすぎずいい感じ。いつのまにか阪大の副学長になってるし。これは読めそうかな。関西人という感じがする。
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