Jul 05, 2005

映画「血と骨」

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 監督は崔洋一、原作は梁石日、主演はビートたけし、鈴木京香。

 この映画を観ることになるとは思ってもいませんでしたが、たまたま観ることになってしまった。この映画のDVD&VIDEOの発売の記念試写会があるということで、不運(?)にもそのチケット二枚が転がりこんできたのです。ビートたけし演じる主人公「金俊平」の破壊的な暴力シーンの続出。後半部はついに観ることが出来なくて、音が静かになるまで目を覆っていました。疲れた……。崔洋一は何故このような映画を作りたかったのだろう?過剰なリアル性を求める表現方法というものは、映画に限らず詩においても当然ある。しかしそれが表現方法として最上のものとは、わたしは決して思わない。

 『血は母より骨は父より受け継ぐ。』これは一九二〇年代の大阪へ「ここより他のところ」を求めて、済州島から渡ってきた出稼ぎ労働者の若者の半生であり、朝鮮人集落という舞台で繰りひろげられた過酷な「家族物語」なのでしょう。「愛」とか「やさしさ」などという、なまやさしいものはひとかけらもない。並外れた腕力と体力を持った冷酷な男の半生であった。子供にとっても「恐怖」の存在だった男。娘を自殺に追い込んだ男。

 「金俊平」に関わる女性は三人登場する。鈴木京香演じる一番目の女性は、強引に俊平との生活に引きずりこまれ、二人の子を産む。俊平の失踪と帰宅、その後に続く俊平の女性問題に翻弄されながらも、自らの生き方を通した。二番目の女性は俊平の強引さに「うち、死んでしまいそうやわ。」と応えてゆく。道路を隔てた別宅で暮らし、やがて子をなさないままに病に倒れ(最期は俊平の手によって「楽にしてやった。」)、その女性の看護役として三番目の女性が現れる。彼女は看護のかたわらに、五人の子供を産む。そして俊平が体の自由がままならない状況を迎えた途端、家中のお金を持って子供とともに別宅を出てゆく。それぞれが全く異なる個性の女性だが、俊平が女性たちに望んだものは「骨を受け継ぐ者」だったのではないか?

 しかし、この主人公「金俊平」とは、男性のエゴイズムの深い暗部だけを取り出してきて、そこを拡大し、具象化して見せた一人の「巨人像」だったのではないかとも思える。そこに視点を当てると、この映画(あるいは原作)のテーマは民族や歴史や家族というものを超えたところにもあるようだ。以上の感想は極私的なものです。
Posted at 15:23 in movie | WriteBacks (0) | Edit
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