May 14, 2009

詩への小路  古井由吉

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 この著書の初出は「るしおる」の31号(1997年6月)~56号(2005年3月)までに連載されたもので、古井由吉が、ドイツの詩人達の作品を、散歩のように訪ね歩きながら、その詩を邦訳(行を立てぬ半散文の訳←本人のお言葉です。)しながら、迷ったり、短い解説を書いたり、独り事をつぶやいたり、またテーマの似た作品を並べてみたり、そして最後はリルケの「ドゥイノ・エレギー訳文1~10」で締めくくった1冊でした。これはわたくしにとっては「詩への小路」どころではない「詩への大旅行」でありました。にもかかわらず、この大老はこともなげにこのようなことさえつぶやくのです。


 『豚に真珠というところか。私などには所詮活かしようにもなかった知識を、若い頃にはあれこれ溜めこんだものだ。あんな無用の事どもを覚える閑があったのなら、今ごろはとうに失われた町の風景でも、つくづくと眺めておけばよかったのに、と後年になり悔やまれることもあったが、さらに年を重ねて、それらの知識もすっかり薄れた頃になり、その影ばかりに残ったものが、何かの機会に頼りない足取りながら、少々の案内をしてくれる。』


 上記の抜粋した一文でもわかるように、壮年を過ぎ、晩年に至った著者の積み重ねた日々の豊かな収穫を、わたくしは幸運にもこの手に授かったのだという思いがしてならない。この思いはそのまま下記のヘッペルの詩に繋がってゆきました。ヘッペルは50歳の生涯でしたので、この詩はすでに晩年でしょうか?


 ――このような秋の日は見たこともない。あたかも人がほとんど息をつかずにいるように、大気は静まり返っている。それなのに、あちこちでざわざわと、木という木から、世にも美しい果実が落ちる。
 乱さぬがよい。この自然の祭り日を。これは自然が手づからおこなう獲り入れだ。この日、枝を離れるのはすべて、穏やかな陽ざしの前で落ちるものばかりなのだ。

 (ヘッペル「秋の歌」1857年・44歳)


 「ドゥイノの悲歌を読みたい。」と言うわたくしに、この本を薦めてくれた夫に感謝しよう。過去にも古井由吉の本を薦めてくれたことがありましたが、この本が1番好きになりそうです。安心して心を委ねることのできる本のなんと豊かな存在よ。
 古井由吉が訪ねた詩人は以下の通り。リルケ、ムージル、ブロッホ、マラルメ、ゲオルグ、ヴァレリー、ソホクレース、アイスキャロル、ダンテ、ヘルダーリン、シラー、ボードレール、ヘッペル、マイヤー、メーリケ、シュトルム、ケラー、ドロステ=ヒュルスホフ、etc・・・・・・。


  *   *   *

 以前観た映画 「約束の旅路」の最後は、主人公の若者が生き別れた母親に、やっと巡り会った時に、彼は靴をぬいで裸足で母親に歩みよるシーンでした。この映画の下敷きとなっているものが「出エジプト記」であることはどうにか理解していましたが、この最後の靴をぬぐシーンがナゾのまま日が過ぎていました。怠慢ですね。なんと、わたくしは「出エジプト記」の2章までしか読まなかったのでした。3章にあるではありませんか!以下引用です。まずはその詩の抜粋から。。。


見紛うかたもなく あなたはわたしと異なる
わたしが近づくにはモーゼに倣って
靴を脱がなくてはならぬ存在
(アンネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ「鏡像」より)


 上記の詩に対する筆者の解説によれば、『靴を脱ぐとは、旧約聖書の出エジプト記の第3章、ホレブの山で棘(しば)の燃えるその中からヤーヴェがモーゼを呼び、そして戒めた、「それより近寄ってはならん。靴を脱げ。お前のいま立っているところは聖なる地なのだ」から来る。』・・・・・・と書かれていました。あの若者の「靴を脱ぐ」行為は母への最上の敬意を表したものだったのですね。無知な自分を嘲笑してもいい。しかし、晩学ながら新しいことを知る歓びを大切にしたいと、この大老の本はしっかりと教えて下さいました。


 (2005年初版第1刷・2006年初版第3刷・書肆山田刊)
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