Apr 10, 2006
リンさんの小さな子 フィリップ・クローデル
この物語は美しい童話のようなお話ですが、この背景となっているテーマははっきりと見えます。そしてどっしりと重い。文中には一言も書かれていませんので、わたくしの想像する歴史的事実は書かないことにいたしましょう。
これは、フランス人作家フィリップ・クローデルの養女クレオフェ(ベトナム人)のために書かれた物語です。「クレオフェ」とはギリシャ神話に登場する栄光の女神の名前です。しかしこの物語に登場する老人リンさんと小さな子(孫娘)、友人のバルクさんの国名もその物語の場となったところも、特定されてはいません。それは、このような哀しく、美しい物語は世界中どこにでもあるということへの示唆ではないかとおもわれます。
小さな子の名前は「サン・ディヴ=おだやかな朝という意味」ですが、友人のバルクさんは「サン・デュー=神なしという意味」と呼んでいました。二人は「こんにちは」という一言だけしか言葉が通じ合えない、国の異なる、しかしながらこれほどの友情があるだろうか?という友人になるのです。
リンさんは豊かな自然に恵まれた農村で幸せに暮していたのですが、戦禍に巻き込まれて、息子夫婦は畑で殺され、そばには首のない人形がいて、ぱっちりと目を開けていた孫娘「サン・ディヴ」だけが残り、リンさんはその孫娘とともに難民船に乗り、異国の土地の収容所に入り、散歩中の公園のベンチでバルクさんと友人になるのでした。バルクさんはかつて二十歳の時に兵士として、異国の農民を虐殺した体験に苦しみ、妻に先立たれた一人ぽっちの男でした。
さて、この小さな子はあまりにもいつでもおとなしい。この静かさのために、この子が何者なのかはわたくしにはすぐにわかりました。バルクさんはこの子のために可愛いドレスをプレゼントしたりするという微笑ましい場面もありますが、この小さな子「サン・ディヴ」が一体誰だったのかということもここではお話したくはありません。
いつでも朝はある
いつでも朝日は戻ってくる
いつでも明日はある
いつかおまえも母になる
これは母親が子供に歌う子守唄です。この物語のなかでは、リンさんが何度も小さな子の耳元にささやいていた歌でした。
(二〇〇五年・みすず書房刊・高橋啓訳)
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