Aug 30, 2005
ヴォワ・アナール 山田稔エッセー集
どうしたわけか、文学者のヨーロッパ関係の旅行記を読むと、美しい風景やそこにまつわる文学者や哲学者の話題に終始するものが多いものです。それはそれでとても楽しいのですが、ふいに放り投げたいような気分に襲われることがある。自分でもその気持の根拠がどこにあるのかわからないのですが。。。
そんな気分に陥っている時に、「ユーモア大好き」を生きてきた方から、「ヴォワ・アナール」についてのお話をうかがい、すぐにその古書をお借りしました。この本は二十数編のエッセー集で、その冒頭がこの「ヴォワ・アナール」というフランス滞在記だったのです。
女だてらにこんなことを書いていいのかな?「まぁ。たまにはええやろ。」という仏文学者山田稔さんの京都弁が彼方から聴こえてきましたので、書いてみましょう。これはおそらく山田氏が学者のお仕事としてパリに滞在された時の偽りのない(^^)記録です。日本のようによい水に恵まれていないパリへ行くのに、大方のひとは「下痢止め」や「解熱剤」は用意しますが、こともあろうに山田氏は「便秘」に深刻に苦しんだらしい。その原因は山田氏の「こじつけ」あるいは「屁理屈」によると、パリの有料公衆トイレにあるという。それが無料である下宿先のトイレでも「有料恐怖観念」が働いて、固体を落とすことを拒否しているのだと主張する(^^)。
さて、海外滞在者というものは、相手より、たとえたった一週間滞在期間が早かったとしても「先輩面」する輩がいるのだというのは、これまた山田氏の偽りのない(^^)感慨である。その先輩にこの深刻な悩みを打ち明けても、つれない返事ばかりである。困り抜いた山田氏は、フランス語を駆使して、薬局に行く決心をしたのである。日仏語辞典で必要な単語を拾ったけれど、どれもおしゃれではない。(あたりまえである。)それで山田氏は「風をこしらえる」というおしゃれな言葉を用意して、美人薬剤師のいる薬局を訪れる。
「風をこしらえる」はどうやら通じた。そして「ヴォワ・アナール=座薬」を無事入手でき、安心した山田氏は、止めときゃいいのに、美人薬剤師をからかう悪戯心がむくむくと・・・。「この薬は飲むのですね?」と山田氏。「ノン!ノン!」とあわてる美人薬剤師。かくて美人薬剤師は「ムッシュウに聞きなさい。いいですね。ムッシュウですよ。」と山田氏を追いはらいながら言い聞かせるのであった。
これを読むと「わたしにも・・・」と思う方は多いに違いないと確信する。かくいうわたしは、運(?)よく海外旅行前には緊張のために、必ず出発前から腹痛を起こすので、「ミヤリサン・W」を服用することになる。それを出国前から帰国まで欠かさずに服用することになるので、一度もこの種のトラブルがないのが自慢である(^^)。しかしここ数年海外旅行の経験はないので、大きなことは言えません。
これだけ書くと誤解されそうですから、「日本文学を読む会」についても少しだけ触れておきます。ここにはさまざまな文学者(埴谷雄高、高橋和巳、吉本隆明、松田道雄、梅原猛、etc.)が関わり、さまざまな文学書について語り合うという、うらやましいほどの対話があったらしいし、会報も出されたらしい。
たとえば深沢七郎の「風流夢譚」、石原慎太郎の「挑戦」などについての、今は亡き高橋和巳のクソ真面目な見解などは、思わず納得させられるものがある。深沢については高橋氏は「国内的ジプシー。庶民ではなく精神的遊牧民。」と言い、石原については「戦中の空白を埋めようとした青年ではなく、ある種の目的を定めた作家」と言っている。これは高橋和巳の対極的存在として石原慎太郎がいたということだろうか?しかし山田氏は、石原を「左翼のような大儀がないことへのコンプレックス」と、今日の石原慎太郎を言い当てるような発言をしているのは、対照的で面白い。
また、高橋和巳本人の「悲の器」が、メンバーの俎に載せられて、メンバーから辛辣な批評を受けながらも、最後に静かに「この小説は不利な戦い。文学青年ではなく、それからずれた人たちに読んでもらいたい。」と語ったとある。いかにも高橋らしいと思う。しかしその真面目な会報に「運幸亭寓話」なる不届きなエッセーを連載していたのは山田稔氏である。それはこの本にも収録されています。
エッセーは広範囲に及ぶので、この二点に話題を絞りました。最後に山田稔氏の名誉のために、これだけは書き加えておきましょうか。それは山田氏の世界への視点の柔軟さです。公衆有料トイレのドアー番の恐いおばさん、薬局の美人薬剤師、またパリにおける文学者の集まりの折にも、山田氏の視線はすでに老いて、注目さえされない老学者の行動にあてられていました。
(一九七三年・朝日新聞社刊)
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甘美なる糞尿
「我々にとってもっとも身近なものでありながら、文字通り『 汚物』の如く嫌われ、軽蔑されている存在ーそれはウンコとオ シッコ。かくも不当な扱いを受けている糞尿の市民権を獲得す べく、ラブレーから谷崎まで古今東西の文献を渉猟し、ウン蓄 を傾けて展開されるクソリア..
Posted by サブカル雑食手帳 at 2005/09/16 (Fri) 08:24:17
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