5月
南川優子
閉じているのがドアの本来の姿なのか。開いているのがドアの本来の姿なのか。(5月1日)
ジャングルジムのなかに入ったまま出られなくなる。わたしならあり得る。(5月2日)
チューリップがべろを出している。枯れる前の、最後の悪態。(5月3日)
ロックダウン後に最初に乗りたい飛行機はピンク色だ。(5月4日)
引っ越し前の忙しい最中、ゼムクリップを整理しなければならなかったことを思い出した。(5月5日)
あなたの見えないところでライオンが呪文を唱えている。(5月6日)
彼女は風のなかに囚われている。囚われてはいるけれど、どこにでも行ける。わたしは雨だれに囚われている。囚われていて、どこへも行けない。(5月7日)
すべての事物に「悪魔的」という形容詞を付けたらどうなるだろう。例えば「悪魔的」カーディガンとか。(5月8日)
人間が二本足であることをあきらめたら、少しは気が楽になるだろうか。(5月9日)
絵が描けるぐらい厚い背表紙で、題名が書けないぐらい狭い表紙の本を見てみたい。(5月10日)
新鮮なものほどさっさと朽ちてゆく。防腐剤を入れて保つよりも、別の新鮮なものをつくったほうがよいと思う。(5月11日)
わたしの嘘が種のように土に蒔かれる。芽が出て開花したとき、冬が始まる。(5月12日)
包帯を巻くようにロールキャベツを巻いてゆく。(5月13日)
走っている間の汗には親近感がわく。走り終えると不要物。(5月14日)
たまには赤い雨が降ってほしい。窓がステンドグラスみたいになるから。(5月15日)
削除される目。(5月16日)
おもちゃの雨をプレゼントされた。試しに土砂降りに遭ってみる。(5月17日)
自分の耳を折り紙で折る午後。二つ折るだけじゃ物足りなくなる。(5月18日)
夜の足音の色は主にクリーム色。悪夢が始まると青紫に聞こえる。(5月19日)
胸部レントゲンを撮ったら鉄筋コンクリートの筋が写っていた。(5月20日)
毎年さっさと季節に逃げられてしまうから、今年こそは夏にしがみついてやる。(5月21日)
ゴム手袋と握手したとき、こんな切ない友情はないと思った。(5月22日)
時計を巻き戻すと熟れたバナナが青くなったが、わたしは若返らなかった。(5月23日)
愛猫をうさちゃんとかお猿さんとか時折呼ぶ夫の不可解な心理。(5月23日)
空に青くなることを期待しすぎた。(5月24日)
枝に葉が生えるとき、今年は何枚生えたいという目標を持って生えてくるのだろうか。(5月25日)
便座カバーやらスマホケースやらブックカバーやら。何でも包みたがる人間たち。その行く末は。(5月26日)
深海魚が地球に存在することは知っているが、知り合いになることはない。総理大臣が地球に存在することは知っているが、知り合いになることはない。(5月27日)
月はわたしの心の泡だ。だから着陸なんかしないで。(5月28日)
ボールペンで描いた菖蒲の花は萎れたが、ボールペンのインクはまだ残っている。(5月29日)
緑のタオルに顔をうずめた日と芝に顔をうずめた日の違い。(5月30日)
着たい服が一着もない朝。(5月31日)