海のモーツァルト
有働 薫
20世紀のフランスの作曲家ジャック・イベールは海軍士官だった。なるほどローマ賞を受賞した曲のタイトルは『寄港地』だし、1956年の『モーツァルトへのオマージュ』も短いが、たいへん威勢の良い曲である。この曲の中間部のフルートソロがモーツァルトの何という曲の引用かを考えたが思い当たらず、しばらく悩んでいた。そこへ「チャイコフスキー(組曲『モーツァルティアーナ』)、マックス・レーガー(『モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ』)、プーランク(『牝鹿』)では、モーツァルトの曲が引用されているが、イベールのこの『オマージュ』にはモーツァルトの曲からの引用は一切ない。」という情報が手に入った。現代のモーツァルトであるキース・ジャレットの『モーツァルト』も同じ。どうりで原曲が思い当たらないわけだが、まあ何とモーツァルトなんだろう、このフルートソロは! 7、8才歳ごろのこと、子供の歌の本で『モーツアルトの子守歌』(堀内敬三訳詞)を覚えて、ほかの歌とはなんだか違うと思った。(現在はモーツァルトの曲ではないことが判明しているが、子供の私は言われるままにすっかりモーツァルトだと思い込んでいた。)
それほどこの2つの曲のモーツァルトは完ぺきだった。
ということは、私にもモーツァルトが作れるかもしれないということではないか! モーツァルトを創る! 是非そうしよう! 私にできるのは詩しかないから、詩でモーツァルトを創ろう!
モーツァルトは軍人ではなかったが、軍隊好きだったことはピアノソナタk330の第3楽章「トルコ行進曲」でも判る。「僕はドイツの男です」と手紙にも書いているぐらいだから、国家(ハプスブルク宮廷)からの要請があれば、喜んで行進曲をいくらでも作っただろうのに、国はモーツァルトに注文をだすことはなかった。とにかく生活を保障するしっかりしたパトロンが欲しかったのだから、親方日の丸で、オーストリア軍戦勝式典曲などと威勢の良い曲をたちまち創り上げただろう。ひ弱く小柄だから武闘は無理だが、戦闘鼓舞には大いに貢献したに違いない。子供っぽいことではあるが、そういう時代だったということだ。
さて、どうやって「モーツァルト・オマージュ」の詩を創るか?
子供の頃『モーツァルトの子守歌』からもらった、生きることのみずみずしさ、しみじみとした安らぎ、柔らかな幸福感を、今の時代に蘇らせることは果たして可能だろうか?