疾走するモーツァルト

疾走するモーツァルト

有働薫

ところで最近ぼくはこの世の通貨に欠乏しています
預金という社会インフラがまだ整備されていないし
ぼくは5歳の頃から働いてきましたが
貴族の前でピアノを弾いて報酬を得る芸術的労働も
現金でなくて大抵はいらなくなった懐中時計とか古めかしいデザインのブローチとか
ザルツブルグの家にはざらざら残してあるよ
やむおえずフリーランスの嚆矢となってからは
大衆やまだ小規模なブルジョアからも注文が入りますから
仕事がなくてぶらぶらするなんてラッキーなことはまずないんです
いつも超忙しくしていますよ
借金魔だとか金銭感覚ゼロとか衣食住あげて贅沢三昧と謗られているのは知っていますよ死の1カ月ほど前猛烈な食欲に襲われて、当時手に入れにくかった高級な肉を思う存分食べた夜があった、美味かったな、あれがやすらぎの国への長旅の弁当だったんだな
ぼくはほとんど一生涯両親にはよい息子だったし
妻も熱愛していました
ぼくは人をいじめたことなんかないよ、忙しすぎてそんなひまぜんぜんなかった
あっちへ着いたらあの温泉好きだった唐の太宗皇帝に拝謁するのが楽しみ
飛炎雪晨 人世有終 芳流無竭…
玉詩をアリアにして御前演奏するのさ 滞在費ぐらい稼げるだろう