辻さんの詩集を失くした

辻さんの詩集を失くした

有働薫

小田急線の車内で辻さんの詩集を読んでいた
乗換駅の地下道を歩きながら次の車内で続きを読もうと思った
ホームに降りる前にトイレに寄った

夕方
帰りの車内で
詩集が無いのに気づいた

今日一日の自分をたどり直した
詩集が自分と一緒のすがた
詩集がかばんの中だと思っているすがた
詩集がかばんに無いと分かったすがた
詩集はいつ自分を離れたのだろう
詩集をいつわたしは手放したのだろう

詩集はいまどこにいるのだろう
わたしは詩集を忘れて
他のことに気をとられていた

電車の車内で詩集を読んで
ショックを受けて
このことは大切だと思った

やがて忘れて
一日を終えて
また詩集に戻ろうとした時
それはもうわたしから離れていた

(だいじなものを
へいきでなくしてしまうような
そんなだらしない
女なんです)

今頃詩集はどこを歩いているのだろう

翌朝早く
携帯が鳴って
若い駅員の声だった
お探しの詩集
トイレのゴミ袋からみつかりました
早朝に失礼ですが
はやくお知らせしたほうがとおもいまして
身分を証明するものを持って
引き取りにおいでください