山から来たの
三井喬子
わたしの可愛い黄蝶が言った
山から来たの と
重ねて言った。
この世のはてから来たのだろうと
言いも終らぬうちに舞あがる。
これは誰の魂なのだろうか
とりわけ涼しい風が
がらんどうの身体を吹き抜ける。
わたしの心は空中の蜘蛛の巣
無用心な飛行はおやめなさい。
おまえを獲りたくはないのです
可愛い黄蝶
いとしい魂
おまえを食べたくはないのです。
でも夕陽がわたしの罪を照らすから
おお わたしには触れないで!
せんじつめれば お互いに
いつかは死ぬ定めの下にあるのだけれど
際限の無い産出でもあって
おまえはわたしの大きな母であり
わたしもまた
金色に輝くおまえの 遥かな
遥かな母である。
山から来たの
と 黄蝶は言った。
ならば戯れに
捕らえてみようか 魂
と いうもの。
(初出・朝日新聞石川版)