語り、—沈思—
冨澤守治
男であれ、女であれ
この世に生まれ出でた意識に映る
影、 すなわち「私」の映像
私のものであれ、誰のものであれ
われら、記憶の合間(アワイ)に立つ身であれば
この「イマ」」に先立つことなく、後れることもなく
迷うことも、振り返ることもない
その川の記憶があぶくとなり
よどんでは流れ去るにしても
世界は顕(アキ)らかにして
過ぎ行くこの一陣の風にも思いが込もる
廻りを見渡していくようにして
私はこの世界の文脈を通り過ぎてゆくのだが
思いが嵩るせいか、欲望・希望によるものか
この日常が破断するとき、私は苛立ちを覚える
それは波の種類の圧力であるが、寄せることも
引くこともない
ただこの潮は、最後のときまでは昇り続けるのだ
「潮」、人間の神々に属するもの、疫神?
文脈に依り、文脈に属するものではあるが
それを読むものに非ざるもの、属さざるもの
ときに潮は「苦しみ」にして、世界のうちに出会われる
苦悩との終わりのない闘いのなかで
この文脈に立ち向かう、人知れず
格闘している人々のうちなる森は深い
列柱の森
悪意と諧謔に取り付かれた自己保存の本能を相手にする
闘争と疑念、駆け引きが構築されて
あてのない悲しみ、疑いの愚かさが溢れ出る
誹謗・そしり・断絶
何事も溺愛するものと偏愛するものたち
社会と事実をまだ知らないひとたち
あるいはいのちにかかわる病苦たち
こんな荒れ野に立つ丘に労多くして登っても
見出すものは名もなき言葉たち
多くの言葉たちが取り残された詩(ウタ)
筆致が乱れた、それは主語なき文書で綴られている
かくて文脈は不可能である
あえて歌おうとするのであれば
私個人の本心は慰撫されたいのだろう
本当に声をあげれば、それははなばなしくも
いのちの歌になって、人生のなかに割れていくだろう
でも歌うことは慎んでいる
心の用意だけをしておこう
私だけの問題でもなかろうが
その気になってくれるのであれば
誰かに聞いてもらいたい気もする
「語りだすこと」が、他人に伝わるのが本性であるとすれば
それはなおさらのことだろう
火に明るむ思い出
ともされた火に明るむ
春のはじめ、宵の気、まだ冷たくあり、そよいで
まだ夜の戸帳が、沈黙の海にただよっていたころのこと
思い出す、二人を取り巻いていたカゼ
あの夜、暗闇の歌はいつまでも音にならず
茂みに溢れていた
その清涼さにもかかわらず
二人の心は、まさしくよこしまであった
しかしそれをかまうことなく
陥ちていった、恋
交わす言葉を、互いが求める意識が凌駕して、それほどの意味もなく
瞳が見つめ合うことに溺れる
長い、長いひととき
さらに悲しみにも笑いにも、感情は波打つことなく
静謐は、激しくあふれた
十分に抱き合ったにしても
もう性の衝動でさえ、わずらわしく
私はと言えば、彼女の胸元を見つめても
感動なく、まさぐった
求める意識に答えなどはなく、また
必要もなかった
底なしの見つめ合い、こころ通う
放心のとき
あまりにも短く
瞬時に過ぎた至福の時代
火は踊り、照らし出す、顔と、顔
不安と荒廃に縁取られた
野に若きころのコト
ともしびよ、怒りに枯れる冬の夜を謡いて照らせ遠き野のはて
蒼きわれ眠れぬ夜を幾月夜いつかは果たす風の彼方へ
恋いとはかなしく血の沈む悪夢と思いしあのトキの定かなる
あのひとのたたずまい
かすれ往くもの…
クチ惜しく
(それは…、とどまって、男心、残り、そして…
風のなかで話しましょう)
風のなかで話しましょう、詠唱
冬、風のなかで話しましょう
少し息が切れてきたのか、あなたよ
吹き荒れている世の中の流れのなかで
うつむく
風のなかで話しましょう
かりそめ
舞台衣装のなかで光っている身体を
あなたはどうすればよいのだろう
歌はもう謳われている
詩は詠まれている
風のなかで話しましょう
もう誰も黙してはいない
今やチカラが荒れ吹き
ライトは太陽と同じように
爆発している
春、まだ早くあり
風のなかで話しましょう
今日は陽が差してきた。光と影と、
ものに曳かれて
流れていく視界の片隅にも
きらめいている、ココロのモノタチがいる
それらと共鳴するかのように、蠢(ウゴメ)いている
私の、堅い心の底からも湧いてくる
地の薫り、起きた物事の重なりは
この足許の下にあり
私を暖めている
それゆえに風が吹くことができる
歌っているカゼ!
風のなかで話しましょう
陽・風・水、流れいくものと
天地