第六十九回目 丸山薫の「夜」


○丸山薫は、海への憧れを描いた詩人。詩のなかに「洋燈(ランプ)」という言葉を好んでつかっているのも特徴で、『帆・ランプ・鴎』という詩集もあるほどだ。ランプというのは私も好きで、骨董品屋などでみかけると、つくずく眺めてしまうことが多い。けれどけっこう値がはるし、実際に使うと煤がでたりとかいろいろ問題があると思うので、なかなか買えないでいる。そういえば、唯一いただいて持っているのが芯の部分に電球が入っているランプ電灯なのだった。「洋燈」入りのお酒の詩を。




      丸山薫


酒は悲哀の階段を軋ませて
絶望の屋根裏に明るく洋燈を灯した
歎息が起き上がって 微笑のヴィオラを弾きはじめた
泪が黙つてその音を聴いていた

   丸山薫詩集『鶴の葬式』から
   現代詩文庫『丸山薫詩集』(思潮社)所収


○現代詩文庫『丸山薫詩集』には辻征夫が「詩人の風貌」という一文を寄せているが、その中にこの作品を評した興味深い一節がある。「 どういうわけか縷々悲哀の潮位があがり、ぼんやり酒を飲むことが多い私は、酒の詞華集(アンソロジー)を頭の中に持っているが、その中のこれは異色である。悲痛の色は薄いが童話風なおもむきがあり、絶望の屋根裏に住んでいるのは、もしかしたらセロ弾きのゴーシュではないかなどと考えたりする。」(「詩人の風貌」より)
 セロ弾きゴーシュへの連想は言われてみるとなるほどという感じで、いったん結びつくともう戻らない(^^;。イメージの連合にはかくもおそろしいところがある。
 それはともかく、辻征夫選によるお酒のアンソロジー、実現していたら楽しかったと思う。お酒を飲む詩人というのは、ちゃんとそういう構想を頭の中でもっているのだろう(^^;。同詩集から、海の香りが漂ってくるような麗しいお酒の詩を二編。


酒卓の歌 1

      丸山薫


明けの壜を海に抛れば
壜は沈まず
波に頬よせ 流れていった

いつの日 詩(うた)の翼生やして
雲に啼き掌に帰へりこん



酒卓の歌 2


帆の卓布(シーツ)
藻の花 飾り
貝殻の杯 飲み干さん
陽の雫 風の雫
滴る鹹き思ひ出の泪の雫

   丸山薫詩集『鶴の葬式』から
   現代詩文庫『丸山薫詩集』(思潮社)所収
   (註・表題の数字1,2は、原文ではローマ数字表記です)




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