第三十一回目 宮沢賢治の「酒買船」


酒買船

          宮沢賢治


四斗の樽を五つもつけて
南京袋で帆をはって
ねむさや風に逆って
山の鉛が溶けて来る、
重いいっぱいの流れを溯り
北の方の
泣きだしたいような雲の下へ
船はのろのろのぼって行く

みなで三人乗ってゐる
一人はともに膝をかかへて座ってゐるし
二人はじろじろこっちを見ながら立ってゐる
じつにうまくないそのつら
じぶんだけはせいぜいはうとうをして
それでも不満でしかたないといふ顔付きだ

        「春と修羅 第三集」より
        『新修 宮沢賢治全集 第四巻』(筑摩書房)所収


○宮沢賢治には酒を飲んだことをうたった詩はないのかもしれない。村に電柱をたてる工事の落成式の寄り合いで酒を呑まされそうになったが、自分は呑まなかったという詩([もう二三べん](『春と修羅 詩稿補遺』所収)をみつけたが、他にはいまのところ未発見。この詩にも酒を積んだ船はでてくるが、酒を呑むところはでてこない。前段の、のどかでどこか寂しげな雪水を浮かべた北国の河の風景画のような描写と、後段の船が近づいてきてまた遠ざかっていく間に近距離から眺めた感じの描写が好対照で、その後半ではさらにズームアップして乗員の表情までとらえているのが印象的な詩の構成になっている。この詩だけで賢治が「酒」というものにいい感じを抱いてなかったと思うのは無理があるだろうが、酒を運ぶ船に乗っている人の不機嫌そうな顔つきを見ただけで、自分だけ放蕩しているのにそれでも不満そうな顔、と辛辣に評すところなど、なにか偏見がみてとれそうだ(^^;。ところで、この詩は全集後記によると「春と修羅 第三集」として出版される予定だった草稿の中の作品ということだが、別に「ノート」として保存されているその下書き(初期形態)作品も同じ巻の中に収録されているので、以下に引用してみる。


[じつに古くさい南京袋で帆をはって]

          宮沢賢治


実に古くさい南京袋で帆をはって
おまけに風に逆って
山の鉛が溶けて来た重いいっぱいの流れを溯って
この船はどこへ行かうといふのだらう
男が三人乗ってゐる
じつにうまくないそのつらの風
じぶんだけはせいぜいはうとうをして
それでも不足で不平だというつらつきだ
今夜もみんな集まって
百五十円ほど黄いろな水を呑まうといふのか
そのばけそこないの酵母の糞を
町まで買ひに行かうと云ふのか
あんまり云ふことをきかないと
今夜この雨がみんなみぞれや針にかはって
芽を出したものをみんな潰すぞ

        「詩ノート」より
        『新修 宮沢賢治全集 第四巻』(筑摩書房)所収


○偏見がありそうだ、という疑いは、この下書き稿を読むとほぼ確定、というところだろうか。この詩をさっと読んだだけでは、なぜぼろい「船」にのっている男たちがそこまで言われなくてはならないのか、がわからない。ただ作者が、酒(ビール)を「ばけそこないの酵母の糞」と呼んでいて、どうも非難が男たちの「飲酒」に集中しているのが、よりはっきりわかる。そして、この直接的な非難の部分がきれいに刈り込まれた改作のほうではじめて、この「船」が「酒積船」だったことがわかる(この詩でも「ばけそこない」の行の「その」という言葉で酒が積んであることが暗示されているが)。それにしても、改作では削られたこの詩の最後の3行はちょっとおそろしい。「あんまり云うことをきかないと」という行がしめしているのは、たぶん仏教の戒律(仏法)に従わないと、という意味で、ここで、賢治はその教えの側にたって、お前等(人間たちよ)そんな罪つくりなことをしていると、そのうち罰があたるぞ、と本気で脅かしたがっている。もっといえば半身のりだして、今夜にもきっと天災(冷害)というかたちで罰があたるぞ、と預言者のように言っているのだ。




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