第三十回目 パウンドの「アンフォーラ」
T.Hへ アンフォーラ(ギリシャの壺)
エズラ・パウンド
きょうはひとつ誰か過去の詩人でももらおうか。
天才諸子に混じって、名の埋もれた人物を!
代々を経て蓄えられし葡萄酒の中でも極上の、
ローマ時代の酒倉のファレル酒やマシック酒、
その土地土地の最高の酒を、歳月の力にも屈せず、
激しい雨風に打たれても、壊れることのない、
高価なアンフォーラから飲んだ俺だが、
いつか最後の一滴を飲みほす、その時が恐ろしい。
きょうはひとつ煙にいぶる部屋から、まだ封をきらない
葡萄酒の、まるみのついた土の壺、
心に太陽をもてる守護神をつれてきてもらおうか。
暗がりをよく探ってさ、ボーイさん、樽出しの味を確かめてな。
すると、この俺の冗談が通じたものか、運よく
このアンフォーラがはこばれてきた。銘柄は「無名」。
「今年の降誕祭のための十五の詩」より
エズラ・パウンド詩集『仮面』(書肆山田)所収
○ワインを注文するとき、ボーイさんに今日はこれこれこういう酒を、と好みを言って持ってきてもらう。そういうことをしたためしがないし、これからもする機会はありそうにもないが、こういう詩を読むとそういう西欧の酒文化の慣習のもつ豊かさみたいなものが感じられる。名の知られていない美味いワインに巡り会った歓びを、埋もれている無名詩人の傑作に出会った歓びになぞらえているところが洒落ているお酒の讃歌。ところで(とちょっと話はとぶ)、西欧の酒文化といえばフランス語でワインの味を評する言葉が多種多様なのは有名だが、そのいくつかを、辻静雄『ワインの本』(新潮文庫)から紹介してみよう(原文では、文中にフランス語表記がありましたが、パソコンでは文字がでないので略しました)。
あるワインは「涙を流します(プロレ)」。すぐれた品質をもつワインについての言葉のひとつです。ワインを飲み干したあとのグラスの内壁にそって、滴がゆっくり落ちてくるような状態をいいます。
あるワインは「ビロードのズボンをはいて(アン・キュロット・ドゥ・ヴルール)います。口のなかを通りすぎ、のどの奥で甘美な味を味あわせてくれる、まろやかで、やわらかい感じのものを言うのです。
あるワインは、「若い(ヴェール)」ものであったり、「固い(デュール)」もので、タンニンが多く、口の中が収斂して、もぐもぐと「かみ砕く(マッシュ)」ように口を動かなくてはなりません。
また、あるワインは「ハンカチに包み(アン・ムシュワール)」こみたくなる。つまりその数滴をハンカチにたらしたくなるほど、その香りが繊細で、えもいわれないものなのです。
アグレシフ(攻撃的な)未成熟なぶどうのため酸が多すぎたり、発酵しすぎた場合などに、舌を刺す「攻撃的な」ワインになる。
アンギュルー(ごつごつした)質の悪いぶどう、不完全な醸造によりタンニンが多すぎたワインがもつ性質で、口の中で「ごつごつした」感じをあたえる。
シェール(肉)「肉」のあるワインとは、アルコール、グリセリン、その他の成分が、すばらしいバランスをもっているとき生まれる。濃度と密度の高さを感じさせる。
ブーケ(花束→ワイン特有の芳香)これは3段階に分けられる。果実のもつ特有のアローマ、発酵中に生じる花の香りなどの第二のブーケ、熟成によって生じる第三のブーケで、きわめてきめの細やかな香気。飲んだあとブーケが長く残る場合「鼻が長い」と言い、すぐに消える場合「鼻が短い」と言う。
フーレ(厚い毛のある)グリセリンを豊富に含むため、舌にビロードの感触を与えるワインについて言う。
辻静雄『ワインの本』(新潮文庫)より引用
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