第十四回目 諏訪優の「深夜の酒宴」


深夜の酒宴

        諏訪優


一九八六年十一月二十五日 午前二時
ランプのまわりを飛びまわる一匹の蠅よ
この界隈で
いま 目覚めているのは
わたしとお前だけだろうよ
すべての音も消えて

俺は黙々とお前と遊ぶ
午前二時 これから
深夜の酒宴だ
いいさ
明日は狂って
”冬の海でも見に行ってくるぞ”

やがて白々と夜が明けて
窓 あけ放つ
わたしと一夜をともにした
一匹の蠅 曇天に去る
ああ蠅よ
お前は蠅の中の美女だったよ

わたしたち
ゆうべ けして孤独ではなかったな
そしてほら
お前が去ったあと
細かい雨が降り出した
田端一丁目XX番地
雨と墓地の竹林が美しい
             冬の雨 竹百年の青さかな 優

           諏訪優詩集『太郎湯』(思潮社)より


○こういうふうにいろんな詩集をひっぱりだして酒に関係した詩を探して読んでいると、同じように酒を飲む情景が書いてあっても、その人が酒とどんなつきあいをしているかというのが千差万別というのが判って面白い。この作者の場合、夜を徹して美女の蠅と対座しながら独酌するわけだから、相当に酒そのものを愛しているという感じがつたわってくる。同じ著者の『東京風人日記』(廣済堂)というエッセイ集の中には、「酒の名前」という短いエッセイが収録されていて、そういう酒の飲みかたを自らうち明けているところがあるので、以下に引用しておきます。


酒の名前

 十月もなかばを過ぎ、酒のうまさが身にしみる。
 好きな女(ひと)と、あるいは気の合った仲間と、ゆっくり飲むのが最高である。
 今ひとつ、わたしが好きなのは、身も心も空(くう)にして、ひとり静かに呑む酒である。
 そんな時に、思いがけぬ詩の一行を得たり、忘れていたひとのことを思い出したりする。
 酒はもちろん熱燗にして、古伊万里のぐい呑みで呑む。
 ツマミは適当に、にぎやかにあった方が良いが、無ければ無いで、梅干しでも良し、焼海苔でも良い。
 酒の銘柄にはこだわらないが、できたら辛口の二級酒、それも、どこかの地酒がいい。
 越後の”幻の何とか”など、わたしの口には合わない。
 それにしても、商売上手とはよく言ったもの。”幻の何とか”は、おひとり二本までに願います。なんて張紙がしてある店がある。
 神話化してますます儲けようという魂胆か。
 誘われればとにかく、ひとりでは二度と行かない。
 未知の土地で未知の地酒に出会うのもまた楽しい。
 わたしが旅行好き理由のひとつにそれがあるかもしれない。
 酒にはどれも、実にいい名前が付いていて感心することしきり。
 「ほほう!」と思わず唸る名前もけっこう多い。
 ウィスキーの名前も多彩で楽しい。
 スコッチ・ウィスキーだけでも無数にある。
 今も忘れられない名前のひとつは”王様の身代金(Kings ransom)。いい名前である。

              諏訪優『東京風人日記』(廣済堂)より




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