第六回目 田村隆一の「午後三時の詩」
午後三時の詩
田村隆一
午後三時というのは
不思議な時
刻だ
昨日の夢も
今日の未来も
明日の現実も
なにもかも終わってしまって
しかも はじまらないのだ 窓をあけて
あるいは窓をしめて
人間は
外の風景を眺めたり
内の風景は
冷蔵庫のかげに
ウィスキーが隠してあるから
こわごわと
グラスについでみようか
枯葉のような
金貨のような
変な色
その色に水を割って
あっさり
飲んでみる
田村隆一詩集『水半球』(書肆山田)より
○昼間からお酒をのむ、というのがいかにもこの詩人に似合っている感じがしてしまう。午後三時。今日という日がおわりかけて、明日のことを思うにはまだ切迫感のない不思議な時間。おやつでも食べようか、ということはこの人は考えないので、てもちぶさたに窓を開け閉めしたりしているうちに、ついついウィスキーに手をのばしてしまう。ウィスキーがなぜ「隠して」あるのだろう。そういうことをよくわかっている家人から止められているのかもしれない。そのちょっとした禁を破るという大人の愉しみのようなものが、午後三時という遅くも早くもない時間にいかにも似つかわしい。これが朝だと依存症的問題をはらむし、夜だとあたりまえすぎて面白くない。詩集『水半球』には、ほかにも愛の成熟ということをウィスキーの熟成にかけてうたった短い詩が収録されている。
時が満つるまで
一瞬の恋も美しいが
太陽と水と火と
麦と泥炭とが時によって
熟成されてゆく
美しいスコットランドの
小さな島の
ウィスキーのような愛はもっと
北海の光りの中
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