第五回目 ブコウスキーの「五ドル」
五ドル
チャールズ・ブコウスキー
おれは悲しさとアルコールで死にかけている
列車の車庫のそばのあるオンボロ・ホテルの部屋で
ある穏やかな木曜の午後
かれが酒を飲みながらおれにいった。
おれは、とかれは話しをつづけた、信念でも自分自身を
裏切った、愛でも自分自身を欺いた
セックスでも自分自身をだました。
酒壜は滅法忠実だ、とかれはいった。
酒壜は嘘をつかない。
肉はばらが切られるように切られる
人間は犬が死ぬように死ぬ
愛は犬が死ぬように死ぬ、
とかれはいった。
なあ、ロニー、とおれはいった、
五ドル借してくれ。
愛は非常に多くの助けを必要とする、とかれはいった。
憎悪は自分の面倒は自分でみる。
たった五ドルだよ、ロニー。
憎悪には真実がふくまれる。美は建物の正面だ。
一週間以内に返すよ。
とげに忠実であれ
酒壜に忠実であれ
ホテルの部屋の老人たちの声に忠実であれ
この二、三日、ろくなものをくっていないんだ。
ロニー。
笑いや死の恐怖に忠実であれ。
乳脂肪をとるな。
痩せろよ。準備しろよ。
ロニー、胃のなかになにかを入れさせてくれ、そうすれば立ち向かうことが
できる。
ひとりで死ぬこと、そして準備すれば驚かないですむ、
あれは策略さ。
ロニー、たのむよ----
きみが耳にする荘重な泣き声は
われわれのためではない
だろう。
そうは思わないよ、ロニー。
数世紀の嘘、愛の嘘、
ソクラテスとブレークとキリストの嘘は
きみの仲間になり、決して終わらない死の
墓石となるだろう。
ロニー、おれの詩は「ニューヨーク・クォータリー」から
送り返されてきたんだよ。
それがみんなが泣く理由さ、
なにも知らずに。
それはあの騒音どものことかね、とおれはいった、
糞くらえ。
中上哲夫訳『ブコウスキー詩集』(新宿書房)より。
○よっぱらいのたわごとというが、ロニーはかなりできあがっていて、言っていることが飛躍したり意味不明だったりしている。「おれ」はどうしても五ドルを借りたいので、事情を説明しながら根気よくつきあっているが、ロニーは聞く耳をもたない様子。このいきちがいの会話の面白さが、この詩の味わいで、最後まで話がかみあわないが、「おれ」がロニーの言葉に勝手に話をあわせるところで落ちがついている。酔った勢いでいかにも「詩的」なことを言うロニーを登場させて、作者がいわゆる預言者風「詩人」をからかっているところも面白い。
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