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鹿鳴苑を過ぎて --- 瀬音



鹿鳴苑を過ぎて


長い旅の果てに
その場所に辿り着いたのだが
その場所は始まりだったから
私は旅の記憶を忘れた

梢を渡る風のなかで
鳥となる夢をみて
落葉の土に埋もれて
花となる夢をみた
泉に額づき
水の鏡のなかに
人となる夢を夢みていた


  初出「断簡風信」67号(1993年) 「鳥たちのための小品集より」

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   瀬音


   耳をすますと
   やさしい瀬音がかすかに聴こえる
   わたしのいのちを浸しはじめている

   時の流れのなかで
   わたしは現身のわたしをすすぎ
   一粒の種のようなものになって
   その川に辿りつきたい

   わたしの未知の岸辺
   そこに根をおろし
   一本の桃の樹になって
   あなたを待っています

      (詩集「河辺の家」1998年ー思潮社刊より)改作。



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