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窓 --- 冬の窓






真理に見離されると視線は善良になるから
高い窓から地上を見下ろして
人が砂のような存在であることに気付き
ひとしきり犬の生活を笑ったあとで
夕暮れの窓明かりの影絵に涙ぐむ
大切なことはけして見えないのに

窓の中ではテーブルを囲んで聖家族が
テレビの祭壇を眺めている
テレビの中にもテレビがあって
偽の家族がテーブルを囲んで
退屈でうんざりすることの繰り返しと呟く
大切なことはけして見えないのに

地獄は騒ぎ立つ沈黙から生まれる
地獄を馬鹿げた苦悩の遊園地のように
空想したのは誰だろう
鳥の高みから地上を見下ろして
共有される地獄の教説とは
奇妙に救済に似てはいないか
沈黙の傷口を覗き込んでも何も見えないのに


  初出「断簡風信」67号(1993年) 「鳥たちのための小品集より」

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   冬の窓


   うちそとの温度差に
   一枚の玻璃が涙をながしている
   そこに写るものたちも落下する
   見えにくい玻璃をまるくぬぐって
   そこにあなたの姿を待っている

   この玻璃はいつか開かれる
   春がきて 夏がきて 秋がきて
   一枚の黄葉した銀杏の葉が
   かわいた玻璃の隙間をくぐるその翌日

   一羽のふくろうを肩にのせて
   額の傷口を前髪でかくして
   あなたは帰宅する
   銀杏の葉は庭にあたたかく積もる
   今日から冬の聖家族となるために
   わたしたちは薪を集めにゆかなくてはなりません



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