蛙電車の発祥

蛙電車の発祥

清水鱗造

 蕪留さんが夜中に四畳半で蛙電車になることを試していることは、誰も知る由もない。呪文というほどのものではなく〝買い物メモ〟のような文なのだが、蕪留さんがポケットから十二年前に駅前で拾った破れた紙に書かれた文を朗読すると軽々と蛙電車に変われるのだ。それは、蛙のロゴが左下隅に印刷されていて、「藤紫」という店名もある紙片なのだが、蕪留さんはこの紙に書かれている文を午前一時十二分四十三秒に声に出して読むと、体が蛙電車に変化することを偶然発見した。
 通常、その時刻にはぐっすりと眠っている多肉ちゃんにも、オヤジさんにもだいぶ滑稽に見えるだろう姿の蕪留さんが四畳半に現れていることは、大きな音もしないので気づかれない。ただし、案の定、二人の夢のなかには半透明のトカゲ荘の敷地を貫くローカル線の線路が敷かれている映像は浮かんできていて、同じ景色が何度もひらめくことは不審に思っている。いつかこの夜中にいつも見る夢の街の景色について誰かに話してみないといけないと、二人とも思っている。
 蕪留さんは、四畳半の真ん中に蛙の頭になり体の後ろは電車に溶けるように接合された形で「ドンッ」と変身して現れて、蛙電車になれることがなにか誇らしいようなふざけているような、漫画の世界に潜り込んでいてこそばゆいような気分に、小一時間浸る。顔はちゃんと蕪留さんであることがおもしろい。そして、蛙電車全体は半透明になり、明け方までは半分眠りながら近所を走る。出現してから徐々にカサカサした硬めのセロファン状になった蛙電車の皮膜が、粉になって落ちる。その粉は多肉ちゃんやオヤジさんの夢にも微粒子になってちょっとずつ紛れ込んでいくので、二人とも蛙のにおいもり眠りながらほんの少し感じている。オヤジさんは「少し生臭いが仕方ないだろう」と思う。集合住宅ではじつにさまざまな知らないにおいが発生して、漂ってくることがあるからだ。多肉ちゃんはその変わったにおいに好奇心が湧いて、夢の中でいろいろ記憶にあるにおいを吟味する。
 空気にふれて乾きつつある被膜に包まれて、蕪留さんはサナギから出てくる昆虫のようだと思うが、じつはサナギから成虫になる過程がそのまま〝喩え〟になって再現されているのだ。もともと、四畳半の真ん中で、蛙電車が生成されることが実現される機会に、現実に存在する変態の類型の過程が取り入られないはずはない。多重の〝喩え〟に、多層になって現実の類型的な変態の過程が紛れ込む。
 乾いて半透明な皮膜が白っぽくなり、さらに粉になってハウスダストに紛れると、掃除機にとっては異質で選り分けて捨てるものではなく普通のゴミなので吸い取られ、後で固められたうえに燃やされる。でも、そういった生理物質の残滓を集めるマニアはどの時代にもいて、喫茶店などでの集会で話題にされている。変態補助物質なので変態が終われば要らなくはなるが、一部のマニアによって多数の瓶に入れられて珍重されて観賞される。各地の浜辺の砂が瓶に収められ、古い棚に置かれて展示されるようなことだ。