Jan 15, 2006

そして西へ、さらに南へ

 ――みなさん、ジャンヌに言及していますが、わたしは断然「南へのバラード」ですね。極言すればこの一篇があればこの詩集はじゅうぶんだとさえいえるとおもいますね。
上記の引用は一昨年8月に出版した『ジャンヌの涙』についてある人からいただいたはがきの一節。それをいま引用したのは、この1年あまり、「ジャンヌ、ジャンヌ」で暮らしすぎたようだと、気がついたからだ。残りの時間をどう生きるか、を考えるとき、ようやく見えてきた一すじがあって、そのイメージはわたしをとても落ち着かせてくれる。
私は両親が農家の出身なので(一度確かめに両方の土地を訪れたことがあり、その経験が私に断定的な言い方をさせてくれる)、自分が定住型だと思っていた。今居る場所に落ち着けないことは恥ずかしいことだと、ひそかに思っていた。だが、両親の親たちがその土地に定住していたほどには、じぶんは定住すべき場所にいるわけではないと最近何となく感づくようになった。動いていってもいいのだ、その時自分の精神が活性化し、自分の思っていた自分ではないもっと別の自分が表れて来るかもしれない。見えていなかったものがきっと見えるだろう。
 「南へのバラード」は詩誌『ミッドナイトプレス』2004年夏号に掲載された作品で、そのモチーフにはモデルがある。そしてそのモチーフは自分の6歳の時の戦争体験とどこかでつながっていると言う感じがする。残りの短い時間のなかで何かを分かろうとすれば、じっとしていてはダメだ。もうテーマは出揃っているはずだから、ぐずぐずしてはダメだ。
 一日中一人で居ると、ふと「ジャンヌ、ジャンヌ」という声が聞こえる。ドンレミイ村で毎日のように聞こえたという声は一人幼いジャンヌにでなくても、はるか21世紀になってもやってくるのだ。

九分通り癒えて捨てらるホッカイロ  かおる
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