「テークラまたは牧場の菫」
ベーズレ、ぼくの従妹(いとこ)ちゃん
このごろになってきみのことをよく思い出します
あれから、ぼくはカトマンズのテロリストのように
爆走してきました
何にむかって?
平たく言えば死にむかって
そう、テロリストの生きがいは抑圧者の破壊
ぼくはそんな直接的な戦士ではない
ぼくのからだは華奢だし
腕力だって貧弱
暴力沙汰はいつも負けだった
ぼくの爆死は
肥沃なぼくの楽想を
ぼくがいなくなってもすぐそばで
ぼくがピアノで弾いているのが聞こえるようにするため
ね、ベーズレ、いとこちゃん
きみはぼくを普通の男にしてくれた
ぼくが生まれつき節をつけて歌えないのにきみは気付いていたね?
父さんや後の時代の人のいうことなど
何も気にしなくていい
ぼくの「すみれ」はきみのための歌です
とりわけ最後の2行は
ゲーテ氏の詩想が切れたあとにぼくがおぎなったもの
いずれぼくはぼくたちが若い頃きみへ送った手紙そっくりな最後の協奏曲を
聴衆の前でこれを最後に演奏することになるでしょう
歌とはちがう、ぼくはきみをちゃんと見つけた
ピエール・ルイス『ビリティスの歌』沓掛良彦訳を読む
ルイスの散文詩集『ビリティスの歌』を知っている人は多いが、その全貌を見晴かせている人はどれほどだろう。私も例にもれず、水声社から2003年に刊行されたこの分厚い全訳詩集に今回向き合ってはじめてその全体を知ることができた。私の認識は三部からなるこの詩集の「パンフィリーの牧歌」題された第一部だけについてのものだったことがわかった。その理由は私のルイス把握はドビュッシーの歌曲「ビリチスの3つの歌」によるものだったからだ。この歌曲の歌詞になっている3つの詩はすべてこの第1部の中に収められたもので、ビリティスという紀元前6世紀に生きていたとされる美少女の恋の話なので、この全詩に接すると、ほんのとばくちだったことが判明。沓掛氏の解説に依ればギリシャ版『好色一代女』に比すべき艶文の世界を展開する大規模な詩世界なのだ。サッフォーの時代のレスビアンの世界を完璧なフィクションで構成した、多分ボードレールの『悪の華』を視野に含みつつ読まれるべき大著だという、目から鱗の落ちる思いに陥っている。文学の深淵が一筋縄では捉えきれない深みを秘めている驚きである。