Jul 19, 2007
死者に捧げる詩(2)
フランソワ=クサビエ・ジョジャールを悼んでここに、樫の柩に眠り
地中にゆっくりと姿を消していくのが見られる
それはわたしたちの友である。
わたしたちは彼の上に最後の薔薇を投げ
それからボース平野に視線を投げる。
埋葬されるのはわたしたちの友。
そしてすべてがつれない影絵芝居のよう。
二人の職人がきみの墓の上に身をかがめる
そんなにも正確な彼らの身のこなしがわたしたちの苦しみを吸収する。
わたしたちには死の風は見えない
わたしたちの握り締めた指は何も見ることができない。
註
四つの追悼詩の二番目は
フランソワ=クサビエ・ジョジャール=Francois-Xavier Jaujard に捧げられている。
ボース平野=la plaine de Beauce シャルトルとシャトーダンの間に広がるパリ盆地南部の平原。小麦の大生産地。シャルル・ペギーの長詩「ボース平野をシャルトル大聖堂に捧げる詩」が思い浮かぶ。
つれない影絵芝居=un théâtre d’ombres sans amour 中国風の影絵芝居。フランスを代表するバリトン歌手ジェラール・スゼーの歌うフォーレの歌曲「漁夫の歌」(テオフィル・ゴーチエの詩)にAh! Sans amour のルフランがある。「つれない」と訳した。
Jul 05, 2007
死者に捧げる詩
(遥かに崇高な君たちよ、今はすでに君たちの墓を厳粛な苔が覆っている。
クロプシュトック 轡田収訳)
わたしたちに届いていたこの声、それは彼女だった
悲痛な叫びの中のわたしたちの世紀
アンナよ、きみを知っていればよかった。
きみの町の名前をわたしにくり返し言ってくれ、《ピーテル。》と
弔いの雪ひらが弔いの岸辺に降る
それ以来、地獄の町々をわたしたちは歩き回る――
この買いと売りの地獄を。
詩人の部屋で、きみは厳しい氷の上を滑る女神のようだ。
ああ、きみの名がまだ時代の苦しみではなかった時の
あなたがたの香り、いや
ツァールスコエ・セローの鶯の澄んだ歌を聞こう!
註
詩集の最後の章は、四つの短い追悼詩から成っている。最初の詩は詩人プーシキンに捧げられた詩。
ロシアの北の都市レニングラード(旧称ペテルブルグ)で、プーシキン博物館を訪れた際の、37歳で非業の死を遂げたロシア最大の詩人プーシキンへの思いを歌ったものだろう。
クロプシュトック=Klopstock フリードリヒ・ゴトリーブ・クロプシュトック(1724~1803) ドイツの詩人。ドイツ近代詩の祖。古代ギリシャ詩形をドイツ語の抑揚のなかへ移し変え、さらに自由律の頌歌(オーデ)を創造し、ゲーテ、シラー、ヘルダーリンらに大きな影響を与えた。叙事詩『救世主』(1748)、自由律オーデ『春の祝い』(1759)他。ここの献辞に用いられているのは「早く世を去ったひとたちの墓」と題する4行3連の詩の最終連の出だしの2行である。轡田収訳によるこの詩の全行は以下の通り。
「早く世を去ったひとたちの墓」
まちうけた銀色の月よ。
美しくおだやかな夜のともがら、
おまえは逃げゆくのか、急ぐな、とまれ、冥思の友よ。
見よ、月はとまり、雲のみが漂い去った。
春五月の目ざめは
夏の夜よりもさらに美しく、
露は光に似て明るく、若芽の巻毛よりしたたり、
丘からは陽が赤味をさして昇りくる。
遥かに崇高な君たちよ、今はすでに
君たちの墓を厳粛な苔が覆っている。
ああ、ぼくは幸福だった。まだ君たちと
日が赤み、夜がほの光るのを見ていたころは。
アンナ=ピヨートル大帝の姪アンナ・イワーノブナ女帝のことか?
《ピーテル》=ピヨートル大帝の名を冠した都市ペテルブルグ
ツァールスコエ・セロー=Tsarkoie Selo ペテルブルグ(現レニングラード)近郊の皇帝村。ロシア皇帝の夏の宮殿として建設された。1811年ここに開設された寄宿制の貴族学校リツェイに、12歳のプーシキンが第1期生として入学し、、6年間の在学中におよそ150篇の詩を書いた。この村は現在プーシキン市と名を改め、プーシキンを偲ぶ観光都市となっている。
Jul 03, 2007
謎の闇
(《海上で母牛の乳を吸っている》仔牛のこと)今朝、わたしたちは真っ暗な空の下を
スクール岬とアルジック岬の間を進んでいく
そして眼の下深くピロールの岩を取り巻く海を眺める
皆黙り込む。スターリンの罠にはまったリュドミラと
戦争の恐怖の中でパウルスを認め、エレンブルグに出会い
かの地で生涯の男、ラービと一緒になった彼女の母のことが思われる。
彼女の孫娘が仲介する
彼女は斧で斬ったへらじかを鞄に入れており
このへらじかはモスクワの地下鉄の中心で血を流している。
妹のリュシルは、ビルの前に立つ祖父のワーニャをわたしたちに見せる
この建物は彼自身がステンシルの型染めで飾って建てたものである。
わたしはプラザ・ドン・ペドロ・クアトロのことを話そうとは思わないし
ばらばらになり、暗い坂の上で生きている者たちのことも話すまい――
そうではなくて、波のうねりのようなこの地上に生れるのを
わたしたちがもう少しで見るところだった――足元のおぼつかない
おさない白い子牛のことを、あなたがたに話そうと思う。
註
「謎の闇」Obscurites と中題して一篇。ベルイル島の町ロクマリアから、島の東南端を海岸沿いに歩く。このあたりは大西洋に面して岩壁がそそりたち、奇岩が波に洗われている。そのおどろおどろしい厳粛な風景に触発されて、ドイツ=ソ連戦争、スターリングラード陥落時の不思議な一件が思い起こされる。海の上の白い仔牛とは? この謎のエピソードについては、ナチとソ連崩壊後のヨーロッパ人にとってはポピュラーであるかもしれぬが、第2次大戦敗戦後のアジア人にとっては、理解が難しい。だがこの作品があることによって、詩集全体に奥行きが付いている。
アルジック岬=la pointe d’Arzic スクール岬を東に向って海沿いに北上すると、やがてアルジック岬に達する。この一帯は奇岩の多い切り立った岩壁が続く。
ピロールの岩=le Pilor 柱状にそそり立つ岩からこの名が付けられたらしい。
リュドミラ=?
スターリンの罠=1943年ボルガ川下流の工業都市スターリングラード陥落に際して、スターリンが何か策略を仕掛けたのだろうか。いずれにせよ、スターリンが反撃の末、ナチ総司令官パウルス将軍を降伏させる結果となった。
パウルス=フリードリッヒ・フォン・パウルス(1890~1957)ドイツの軍人。スターリングラード攻防戦のナチス側総司令官。1943年、9万の生残り将兵とともに降服。ソ連の捕虜として10年間抑留、スターリン没後解放されて、ドレスデンで死亡。
エレンブルグ=イリヤ・エレンブルグ(1891~1967)ロシア・ソビエトの作家。ヨーロッパ各地に亡命し、1954年小説『雪解け』でソヴィエト知識人の精神の変遷を証言した。
ラービ=オーストリア生れのアメリカの物理学者イシドール・ラービ(1898~1988)のことか? マサチューセッツ工科大学教授、レーダー及び原爆の開発に従事。ノーベル物理学賞受賞。
ワーニャ=?
プラザ・ドン・ペドロ・クアルト=?