Jun 19, 2007
「サン=ゲブロックの夕べの印象」
J=C.カエール『息の埋葬』の翻訳も中盤に入った。ある雑誌の発刊の試みを知って訳稿の最初の数枚を送って連載を提案したが、返事はなかった。どうしてもそこで、という強い気持ちもなかったので、それはそのままにして、ここまでひとりでこつこつやって来たが、外に出ると、取り残されたような気持が強くなるようになった。私は、今この詩集に取っ組んでいる状態を、今までになく幸せな状態だと感じている。なら、この場を活用せぬわけはない、とふと気づいた。途中からだが、一日分の仕事を載せて行けば求める風も来るかもしれない。と、ここまでは前置きである:
「サン=ゲブロックの夕べの印象」
風はない。わたしたちは岩壁のそばを散歩する。
むこうにジプシーのキャンプがある。拡声器が
「神」の、正義の神が来ると告げている――
バプチスト派の説教師のあらかじめ録音された声が思い出される。
若者たちがふざけながら遠ざかる。娘たちは教会の裏手でおしっこをする。
わたしたちは海に沿って歩く。
風はない。日が暮れる。
共同洗濯場のそばで話をしたこのジプシーの娘を覚えている。わたしは一六歳で、友達のレストクォイは頭をヘンナで染めていた。わたしは彼らとぶどう畑の火のそばで食事を共にしたが、彼らは畑を突っ切って逃げ去った。
今夜、西でいちばん奇麗なバーから戻る。むこうの、ポルスムールの岩壁の真ん中に木質植物が揺れている。
わたしはサングラスをかけてマット・ヴェーゲウスの『余白の狩猟場面』を読む。広大な風景の中に赤い帽子をかぶっている息子を見分ける。
夕方、わたしたちはケルニック湾に沿って帰って来る。夜になる前の太陽の光が燃える――ラジオが告げる。《ルーマニアでは、ロマの人たちがしだいに虐待されてきている。彼らは森の暗がりに暮らしている。子供たちの排泄物の中には草が発見された。…》国のない人々に夜が降りる。
註
サン=ゲブロック=Saint-Guévroc ブルターニュ半島北フィニステール県英仏海峡西部に位置する、一二世紀コナン三世時代の古い町。ゲブロックという地名は現在この地方に四カ所あり、その一つで一九世紀にサン=ゲブロック教会が発掘されている。
ポルスムール=Porsmeur 北フィニステール県、英仏海峡に面する海岸沿いの町。
マット・ヴェーゲウス=Mat Wӓgeus 不明
ケルニック湾=baie du Kernic ケルニックの入江とも。北フィニステール県、ブルターニュ半島真北の湾。
ロマ=Roms Romanyジプシー族
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