Sep 07, 2007
物語と人間の科学 河合隼雄
この本は河合隼雄の五つの講義を収録したものです。実は河合隼雄は講義もしくは講演を筆録されることを極力遠ざけてきた方らしい。講演はあくまでも聴衆との関係において成り立つもの、それを不特定多数の読者に向けて本として差し出すことへの躊躇がある。しかし講義ならば、聴衆との関係をこえて、ご自分の伝えたいこととなる。この考え方から「講義録」として本にされることに同意したとのこと。ここには京都大学における最終講義「コンステレーション」も含まれています。しかし表紙のサブタイトルは「講演集」となっていますね。(岩波さん、騙し討ちは、なしにしてよ。)
この本の読者として嬉しいことは、河合隼雄の「講義」はいつも「物語」の姿をしているということです。それはあたかも「語り部」の役割をなさりながら、充分すぎる「聞き手」の役割もなさるという二重構造になっていて、そこに河合隼雄の「講義」の魅力があるのでしょう。
第一章【物語と心理療法】
「先生は易を信じらてますか?」「易は益ないことです。」と笑って答えてしまっては対話は終わります。その最初の一言から、話し手と聞き手の間にはすでに物語がはじまっているのですね。その物語への道筋が見えない方が話し手、想像する方が聞き手、事実はすでに存在している。その話し手と聞き手との共同作業のなかで、事実から真実が呼び出されるということでしょうか。
第二章【コンステレーション】
「コンステレーション」とは星座という意味だそうです。これは彼の研究分野である「ユング」が使った言葉だそうです。ここでは河合隼雄の言葉を引用します。
『われわれの人生も、言ってみれば一瞬にしてすべてを持っている。例えば、私がいま話している一瞬に、私の人生の過去も現在も全部入っているかもしれない。それは、時間をかけて物語ることができると考えられまして、私が心理療法の仕事をしているのは、来られた方が自分の物語を発見して、自分の物語を見出していかれるのを助けているのではないかな、と思っています。私がつくるのではなくて、来られた方がそれを見出される。』
第三章-1【物語にみる東洋と西洋・・・隠れキリシタン神話の変容過程】
一九四九年、フランシスコ・ザビエルの来日からはじまったキリスト教の布教は、徳川秀吉、家康によってキリシタン厳禁の歴史は二五〇年もに及びます。その時代を「隠れキリシタン」はずっと存在していました。「聖書」は「天地始之事」として口承され、のちに書き物となったそうです。
このなかでは、おそらく未熟な翻訳とともに、西洋の宗教を日本の宗教として民間に定着させるまでには、さまざまな言い換えと書き換えがありますね。そこに河合隼雄は東洋の物語性をみつけられたようです。
第三章ー2【物語にみる東洋と西洋・・・『日本霊異記』にみる宗教性】
『日本霊異記』は五世紀の半ば、雄略天皇の時代から年代順に書かれているようですが、この天皇の時代には、まだ仏教が入ってきていません。その後から仏教が入ってきて、約三百年の歴史が書かれています。この中から河合隼雄は「冥界往還」にお話を限定しておられます。
それは「臨死体験」「遊体離脱」などのお話から、「善行」「悪行」によるあの世での人間の遭遇するさまざまな仕打ちなどが語られています。「浦島太郎」の物語も幾通りかのパターンがありますが、基本的には「善行」の典型なのでしょう。
医療の未熟な時代では「死」の決定は引き延ばされました。そこにさまざまな「臨死体験」「遊体離脱」の物語が生まれるわけですが、どれ一つとして類型がない。それはとりもなおさず「生き方」にも同じことが言えるのでしょう。
第四章【物語のなかの男性と女性】
ここではサブタイトルに「思春期の性と関連して」とあります。テキストとして「源氏物語」と「とりかえばや」という現代の文学ではないものが取り上げられています。そこには欧米文化に見られるような「男らしさ」「女らしさ」という規範を超えた、ゆるやかな男女のあり方が見られるからでしょう。「性」や「精神」の純粋性と不純性を問うよりも、それ全体を「魂」の問題として考えることなのだろうと思われます。
第五章【アイディンティティの深化】
「アイディンティティ」とは「同一性」「主体性」などと訳されますが、河合隼雄は「非常に簡単に言えば、私は私です。」と言っていらっしゃいます。加えて「私は私以外のすべてのものである。」というファンタジー性によって「アイディンティティ」という言葉はやっとそれらしい姿を見せはじめるとも。。。この現実的な方法として河合隼雄は「箱庭療法」を試みたのですね。しかしおそらく世界全体がこの「アイディンティティ」の過程にあると言えるのでしょうか?
(一九九三年・岩波書店刊)
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