Jul 27, 2007
犠牲〈サクリファイス〉わが息子・脳死の11日 柳田邦男(続)
七月二四日に、すでにこの本については書きました。文章が長すぎることを避けるために、一つだけ書くことを取りやめた部分があります。それが気がかりなまま数日が過ぎましたが、今日、わたくしの書きやめた部分を補うかのように、友人Fさんからのメールが届きました。Fさんもわたくしの少し前にこの本を読まれたとのことでした。その読むきっかけとなった言葉をここで見つけたからだったそうです。その柳田邦男の言葉をまずご紹介いたします。
【柳田邦男の言葉】
最近、私がすごく大事にしているのは「意味のある偶然」ということです。これはユングの言葉で、河合隼雄先生から教えられたキーワードなのですが、われわれの周りにはいろいろな偶然が満ちていて、それをふと考えるとものすごく深い意味を持っていて、ある意味で言うと必然的な物語性を持っている。 シンクロニシティ(共時性)は、その中心にあるものだと思うのです。
私自身が経験した象徴的な出来事をお話ししますと、次男の洋二郎が脳死を経て亡くなり、腎臓を提供して帰宅し、遺体を自宅の居間に安置し、長男がテレビ をつけると、生前、洋二郎が最も傾倒していたタルコフスキーの「サクリファイス」という映画の最終場面をたまたま放映していて、バッハの「マタイ受難曲」 のアリアが流れました。そのことは私にとってとても衝撃的でした。
息を引き取った息子を連れ帰った時に、その映画は終幕になり、そしてバッハの曲が流れ る。「あわれみ給え、我が神よ」という曲です。
それが偶然だとと言ってしまえばそれまでですが、私にはどうしても偶然だとは思えない、何かそこには必然に近い意味が含まれていると思います。最近、こういう話を聴くことが少なくないのです。
一九九六年、作曲家の武満徹さんががんで亡くなられましたが、病院で治療を受けていて、そのとき日記をかいておられた。奥様もそのことを知らなかったのですが、武満さんが亡くなられて半年ぐらいしてから、その日記は発見されたそうです。それを、武満徹著「サイレントガーデン---滞院報告・キャロティン の祭典」(新潮社)としてお出しになったばかりですが、それを読んで本当に劇的な場面に出逢いました。
亡くなる二日前、たまたま奥様もお嬢さんもお見舞いに行かなかった日に、ラジオでバッハの「マタイ受難曲」を放送していたそうです。武満さんは「マタイ 受難曲」にとても傾倒していたので、いつかゆっくりと聞きたいと思っていたそうです。普段ですと、奥様が来ていると、ラジオは聞かないそうですが、その時 は降りしきる雪を窓越しに眺めながら、じっくりと全曲を聴かれたそうです。
その後意識がだんだんと薄れていって、翌々日に亡くなったのですが、本当に最期 の場面にこの曲が放送され、その時間に誰も訪れることなく、一人で全曲を聴くことが出来たということは、ものすごい偶然だと思います。おそらくそれは武満 さんの人生の最期のとても大事な時間だったと思います。
奥様は「あとがき」の中で、「たまたま雪が降ったために、そして見舞い客も私もいなかったために、静かな病室で独り大好きだった「マタイ」を全曲聴けた こと、私は何か大きな恩寵のようなものを思わずにはおられません」と書いておられます。こういう偶然には深い意味があるのだと思います。それによって人間 は何かに気づき、豊かになり、心がふくよかになり、高くなるのだろうと思うのです。
それが忙しい社会生活をしていると、身の周りで起こっているはずの「意味のある偶然」にほとんど気がつかなくて、とても大事なことを見落としてしまい、 一方では科学と合理性にとらわれて、論理的な説明ができないととそれを否定して排除してしまう、というのが現代なのだろうと思います。
柳田邦男&川越厚:対談「生を通していのちを見る」
(信徒の友・二〇〇〇年六月・日本基督教団出版局)
対談相手の川越厚は、癌のターミナルケアーの医師であり、Fさんの今は亡きご親友の主治医であり、その親友の方の日記と俳句の遺稿集を纏める時には、医学用語を点検していただいたという経緯もあるのでした。「意味のある偶然」がわたくしたちを結んでいることに大変驚きました。
もう一つ、の「意味のある偶然」は、実は武満徹が病床で聴いていたラジオを、作家大江健三郎も聴いていたのです。(なにかの本で読んだ記憶がありますが、本のタイトルは忘れました。。)きっと同じ雪の日だったのではないでしょうか。そしてFさんとわたくしがほぼ同じ時期に同じ本を読んでいたことも「意味のある偶然」だったのではないでしょうか。Fさん、ありがとうございました。
・・・・・・というわけで、毎日バッハの「マタイ受難曲」ばかり聴いています。
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